MENU

赤地葉子のつれづれロック

第6回 受けた傷を完全に変形させる

ブロンディの曲、「ワン・ウェイ・オア・アナザー」。周りは全てどうでもいい、という粋な無関心さが魅力の一つであるボーカルのデビー・ハリー。そんな彼女がこの曲では、ポップでノリのいい音楽に合わせて、いつになく執念深く、あの迫力のあるボーカルで歌う。

「どんなことをしてでも、あなたを見つけ出す」

「どんなことをしてでも、あなたを捕まえる」

「どんなことをしてでも、あなたをだます」

「どんなことをしてでも、あなたを失う」

あなたの家の電気が消えていることを確認する、とか、ドブネズミの餌とか、かなり物騒な内容の歌詞で、最後はパトカーのサイレンで終わる。引っ越しを余儀なくさせられたほどのしつこいストーカー被害に元恋人からあった彼女が、その経験をもとにブロンディのメンバーと共にこの曲を作成したそうだ。

一般には男性ストーカーの恐ろしい執着をユーモラスに歌っているという風に解釈されるようだが、私にはストーカー被害に合ったデビー自身の言葉に聞こえる。彼女が、自分を追い詰め、苦しめ、痛めつけようとした相手に向かって、ただでは置かないわよ、絶対に捕まえるわよ、と言い放っているように聞こえる。単に怒って脅すだけではつまらないから、どうせならあえて楽しい陽気な音楽とリズムに合わせて。軽率だなんて非難は見当違い、これが私の生き残る道なのよ、という感じに、私は解釈している。

***********

ここで少し、ストーカー被害を含めて性に起因する暴力の実態について、日本のデータを振り返ってみる。

内閣府男女共同参画局が3年ごとに実施する「男女間における暴力に関する調査」は、層化二段無作為抽出法を使い、全国20歳以上の男女合計5000人を対象に、配偶者からの暴力被害、交際相手からの暴力被害、執拗なつきまとい等の経験、異性から無理やり性交された経験等についてのデータを集める。調査票の記入は自計申告方式で、調査票は郵送配布、回収は民間事業者の調査員による訪問回収により行われる。暴力に関する調査では、よく女性のみ対象になることがあるが、この調査は男女両方を対象としている。

有効回収数(率)が3,438人(68.8%)であった最新の令和2年度の調査から、「特定の相手からの執拗なつきまとい等の被害経験」、いわゆるストーカー被害について見てみよう。

「これまでに、ある特定の相手から執拗なつきまといや待ち伏せ、面会・交際の要求、無言電話や連続した電話・電子メールの送信やSNS・ブログ等への書き込みなどの被害にあったことがありますか」という問いに対して、約13人に1人、女性のみの場合は約9人に1人がストーカー被害を受けたことがあると答えた。

ストーカー被害があった者(259人)のうち、約4人に1人は命の危険を感じた経験があった。命の危険を「感じた」は女性が25.4%、男性が19.7%であった。また、ストーカー被害にあった者の半数以上が、その被害によって生活上の変化があり、「夜、眠れなくなった」、「外出するのが怖くなった」、「携帯電話の電話番号やメールアドレス、SNSのアカウントを削除した・変えた」、「誰のことも信じられなくなった」と答えている。

調査は、ストーカー被害の他にも、「無理やりに性交等をされたことがあるか」についても調べている。

「子供の頃も含めて、これまでの経験についてお聞きします。問31  あなたはこれまでに、相手の性別を問わず、無理やり(暴力や脅迫を用いられたものに限りません)に性交等(性交、肛門性交又は口腔性交)をされたことがありますか」という問いに対して、3,438人中、142人(4.1%)が「ある」と回答した。性別にみると、被害経験のある女性は6.9%、男性は1.0%パーセントとなっている。約24人に1人、女性のみの場合は約14人に1人がレイプされた経験があるということになる。また、男性も被害経験にあっていることがわかる。

加害者は、交際相手(元交際相手)、配偶者(元配偶者)が多いが、次が職場・アルバイト先の関係者(上司、同僚、部下、取引先の相手など)、親戚(親・兄弟姉妹・配偶者を除く)、通っていた(いる)学校・大学の関係者(教職員、先輩、同級生、クラブ活動の指導者など)、SNSなどインターネットで知り合った人、であった。

女性にとっての加害者は99.2%が男性であったが、男性にとっての加害者は、男性と女性が半々であった。被害にあったのは、「20歳代」が45.8%と最も多く、次いで「30歳代」(16.2%)、「18歳・19歳」(14.8%)、「小学生のとき」(11.3%)、「40歳代」(11.3%)などとなっている。18歳未満のときにあった被害について、「その加害者は監護する者(例:父母等のあなたを監督し保護する者)でしたか」という複数回答の質問に対して、「監護する者」が12.2%となっている。

被害者の七割近くが、無理やりに性交等された被害によって、「加害者や被害時の状況を思い出させるようなことがきっかけで、被害を受けたときの感覚がよみがえる」、「自分に自信がなくなった」、「夜、眠れなくなった」、「人づきあいがうまくいかなくなった」、「異性と会うのが怖くなった」「生きているのが嫌になった・死にたくなった」等、変化が自分に起きたと回答している。また、レイプ被害を受けた女性の約6割、男性の約7割はどこにも相談していない 。

なぜ相談しなかったのかという問いに対しての回答が、痛ましい。女性の半数は、「恥ずかしくてだれにも言えなかったから」相談しなかった、と答えているのだ。他の理由として、男女ともに挙がったのが、「自分さえがまんすれば、なんとかこのままやっていけると思ったから」、「相談してもむだだと思ったから」、「そのことについて思い出したくなかったから」、「他人を巻き込みたくなかったから」、「世間体が悪いと思ったから」、「自分にも悪いところがあると思ったから」などが挙がっている。

このような調査を3年ごとに実施し、データを得ることは大切だろう。しかし、これらの質問のままでは3年ごとに繰り返しても、傾向がつかめないものもある。たとえば「子供の頃も含めて」の経験についてなどとは別に、「調査からさかのぼって一年以内の経験」などについてもデータをとるべきであろう。そしてプライバシーを配慮しての自計申告なのだろうが、もっとここは投資して、しっかりと訓練を受けたインタビュアーによって対面式で、より一歩踏み入った情報を得ることが必要とされている。「恥ずかしくてだれにも言えなかったから」、「どこ(だれ)に相談してよいのかわからなかったから」の背景には何があるのか、そして実際に相談した者たちの経験はどうだったのか。誰に相談したのか、適切なサポートは、警察署や病院先や学校で得られたのか。そこまで踏み込まないと、改善策までつながらないのではないだろうか。

3年ごとに実施されるこの調査では、似たような結果が毎回出ている。レイプされても誰にも相談しなかった女性の半数が、「恥ずかしくてだれにも言えなかったから」相談しなかったと、答えている。どうやって淡々と、この同じ結果を毎回3年ごとに報告書にまとめることができるのか、私には理解できない。

傷口をえぐるような質問に回答した男女は、改善策につながって欲しいからこそ、自分の味わった痛みを他人に免れて欲しいからこそ、調査に協力しているはずだ。前回のこの調査結果を踏まえて、このような具体的な対策を取り、これだけのケアの提供と意識改革の成果を3年で出したと、そこまで誠意をもってやらなくてはいけないと思う。

***********

ストーカー被害や精神的、肉体的、性的暴力に合った経験を軽んじることは決してできない。一つひとつの痛みは異なる。そして各々が受けた痛みは自分でも時に気づかない形で後々まで影響を及ぼすことがある。その痛みに一生懸命に向き合ったり、無視しようとしたり、忘れようとしたり、私たちはそれぞれの形で応急措置を取り、治療し、立ち直ろうとする。長年をかけて癒す必要もある。

この類の傷は下手すると、中から私たちを蝕み、朽ちさせ、殺してしまうものであり、また、そのうずく痛みは、自分にとって最も大切な人や身近にいる人に手渡してしまい得るものだ。だからこそ、私たちは、何らかの形で、自分でその痛みを完全に違う形に変えなければいけないのだろう。話し合ったり、語ったり、書いたり、描いたり、何かを創ったりすることで、その痛みを消滅させ、完全に別な物に変えようとする。

恐ろしいストーカー被害に合った経験を、こんな曲に昇華させて、ユーモアと凄みを効かせながら歌ってしまったデビー。

どんなことを他人にされても、自分はそれによって絶対に屈しない。私は耐える、生き延びる。

それどころか、加害相手に向かって、気をつけなさい、あらゆる手段をとって、あなたを必ず捕まえるわよ、と歌ってしまう。

この曲を聴き、そんな傷の変換方法があると知るだけで、どこかふっと軽くなり、救われた気持ちになる。

 

赤地葉子

・One Way or Another, Blondie  

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 赤地 葉子

    1977年広島県生まれ。ハーバード大学パブリックヘルス大学院博士(国際保健)。東京大学学士(薬学)。世界保健機関(WHO)、グローバルファンド(The Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria)、他の大学・国連研究所やNGOに勤務し、途上国における母子保健の推進、家族計画、マラリア対策、保健システムの強化等に政策、研究、現地調査を通して取り組む。2017年より国際開発(主に保健・ジェンダー)、ヘルスケア関連の個人コンサルタントとして独立し、フィンランドでデンマーク人の夫と二人の子どもと暮らす。著書に『北欧から「生きやすい社会」を考える』(新曜社)。

    ■クラルス掲載記事
    連載「赤地葉子のつれづれロック」
    https://clarus.shin-yo-sha.co.jp/categories/950

    「一斉休校の陰で苦しむ子どもたち」
    https://clarus.shin-yo-sha.co.jp/posts/5237

    「生きる力を育む包括的性(セクシュアリティ)教育」
    https://clarus.shin-yo-sha.co.jp/posts/491

関連書籍

閉じる