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赤地葉子のつれづれロック

第4回 福祉事務所の列から始まる革命

トレイシー・チャップマンの曲、「トーキン・バウト・ア・レヴォリューション」(Talkin' 'bout a Revolution)はシンプルだ。自分の弾くギターと歌声。無駄なものが一切ない。彼女は、シンプルに、こんな風に、革命を歌う。

福祉事務所の列で待ちながら。慈善団体の戸口で泣きながら。職安で時間を無駄にしながら。見込みのない昇進を待ちながら。

革命は、そんな場所から、ささやき声で始まる。走れ、走れ、走れ、走るんだ。立ち上がって、自分の分け前を、自分の権利を、手に入れるんだ。

昔から好きでよく聴いていた曲でも、時世や自分の経験によって、意義が変わったり、深まったりすることがある。チャップマンの歌っていることを実感する機会があった。

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二年前、クリスマスに向けたライトアップにほっとさせられるような季節に、私はヘルシンキの空港からウガンダへ向かった。次男を妊娠しているときにガーナへ行ったのが最後で、久しぶりのアフリカ大陸だった。エンテベ国際空港に朦朧としながら到着した私に、声をかけてくれた黒人の空港スタッフは「アフリカの真珠へようこそ」と人懐こい白い歯の笑みを残してゆき、入国審査の列の先頭で待っていた私の前に白人の男性たちが当然のように割り込んでくる。外に出ると、深く優しい緑が一面に広がっていた。巨大なジャックフルーツが今にも落ちてきそうに木に生っている。カワセミがビクトリア湖のほとりを、目の覚めるような鮮やかな青色の羽をちらつかせながら飛び交う。

バングラデシュ、ブルンジ、ヨルダンにおける、セクシュアル・アンド・リプロダクティブ・ヘルス & ライツ(SRHR)に関する学術研究プロジェクトに、その分野のパイオニアであるオランダ外務省が出資した。それが終盤を迎えたタイミングで、論文という形の成果だけでなく、その研究結果を実施と政策に転換し、社会でどれだけ実際に役立てることができるかを試行する長期のプロジェクトが立ち上げられた。現在、パブリックヘルスの分野でフリーランスの個人コンサルタントとして働く私は、英国の開発系コンサルティング会社をとおしてチームを組み、このプロジェクトに携わることになった。

私たちの責任は、学術研究プロジェクトの成果を、各国における会議や学会の円卓討議などをとおして政策立案者や医療保健関係者、若者たちに効果的に伝え、話し合うこと、また、論文以外のポリシーブリーフ やNGOなどに向けた実用重視の手引きなどのかたちでさらに拡散することにあった。

私はかつて研究者として働いていたときは、研究結果がどう使われるのか、実社会との隔たりに違和感を覚え、国際機関やNGOで働いていたときは、政治的になりがちな環境下で、実証に基づく決定の欠如に疑問を持っていた。研究結果をどれだけ実用的な形に転換し、広め、役立たせることができるかという課題に取り組むことができるのは、ひじょうに魅力的だった。

ウガンダでは、第八回アフリカ人口会議に出席し、「脆弱な立場にある若者たちとSRHR」についての円卓討議を開催した。「脆弱な」立場にある若者、というのは、障害を持つ、あるいは移民・避難民である若者、労働などのために両親から引き離された女子などを含んでいる。パネルはオランダ政府の資金を得てブルンジで若者とSRHRについて研究する人文、社会、医療疫学分野のアフリカ諸国の科学者たちと、ウガンダの政策立案者や市民社会団体たちから構成されていた。

自身も身体障害を持つ女性に議長を務めていただいた。幼い頃にマラリアにかかり、間違って神経に注射をされて体が不自由になった彼女に、成功したビジネスマンである父親は、体のせいで自分の可能性を狭めるな、と諭し、応援しつづけた。現在、彼女はウガンダの国会議員である。

国によってはタブーであり、抑圧の対象になる人工中絶などを扱う団体の間では、お互いから学ぶことに意欲的で、情報交換も盛んだ。パネルへの参加も、真っ先に返事が返ってきたのは、市民社会団体だった。英国のコンサルティング会社に在籍する同僚は、途上国でSRHRの活動をする市民社会団体を支援する基金の理事長も勤めていた。その基金が支援する、世界に散らばる複数の団体は、中絶や障害というテーマによって、LINEのようなメッセンジャーアプリであるWhatsAppを使った実践コミュニティ(Community of Practice)をともに作り、市民社会団体らが活発に互いに情報や意見の交換をし、相互交流を深め、お互いを励まし合い、学び合っている。実践コミュニティへの参加という、そのような目的のために、プライベートな携帯電話番号を使って構わないのかと確認したところ、参加者たちはこう返事をしてきたという。「プライベートも何もない。私たちがやっていることは仕事ではなくて、これが私たちの人生なのです」。

その時期、ウガンダ政府はLGBT関連の市民社会団体を厳しく規制しはじめており、招待した市民社会団体が参加できないのではないかと私は心配になってきた。前述の同僚はにっこりとほほ笑んで言った。「彼女たちはそんな弱くないのよ。大丈夫、誰も彼女たちを止められない」。

政治家にせよ、研究者にせよ、一般市民にせよ、経験と信念に基づく言葉が発せられるとき、年齢、肌の色、国籍、文化の壁をものともせず、それは鋭く投げられた小石のように聴く者の心に飛び込んでくる。そしてそこから波紋が広がる。無関心さや自己防衛に濁った言葉というのは、錆びて鈍く、まわりを汚しながらその場でくすぶって、ただ消えてゆく。さまざまなバックグラウンドを持つパネリストたちの一つ一つの発言は、共に強烈なモザイク画をその場で生み出しているようだった。その全体像をつかもうと、私は断片を必死に拾おうとした。

「Nothing about us without us――私たち抜きにして、私たちについて決めることはありえない」

「当事者たちが関与しなければ、当事者たちの抱える問題は扱われません。包括的な議論とアプローチが必要です。そうでなければ、彼らの声は聞こえません」

「避難民の若者たちは少なくとも二重の脆弱性に直面しています。新しい環境と、出生地に。彼らの家庭でSRHRについて話すことはタブーであり、その結果、避難民生活の中で何が起こっているのかわからないまま、性的な暴力と強制にさらされるのです。 避難民の若者は言いました。私たちは木炭のように二度死ぬ、と」

「貧困は、子どもを疎外させます。親からの分離は、望まない妊娠につながる脆弱性の引き金となります。貧困によって、取引上の性交渉が起こるのです。彼女たちは自分たちのしていることを売春とみなしてはいません。同意の上でと考えています。しかしそれは、親の代わりとして、新しい関係から必需品や安心感を得ようとしている点で、依然として取引的なのです」

「若い女の子たちだけではなく、若い男の子にもSRHRの教育は必須なのです。正しいSRHRの知識がないために、彼らが不適切な行動をとり、その結果として望まない妊娠などに女の子の人生が左右されるからです」

「若い未婚女性に対するSRHRのサービスはほぼ存在せず、親から離れている子どもたちにとってはなおさら困難です。そして一度妊娠すると、若い未婚の母になることは誹謗中傷の的となり、親から絶縁されてしまうのです」

「親が子どものためにSRHRの正確な情報を与え、支え、責任を取らなければ、世間が代わりに冷酷な形で彼らに教えるのです」

サハラ砂漠以南のアフリカ諸国で最も貧しい国のひとつであり、長年内戦にさいなまれ、依然として政治的に不安定な小国、ブルンジから導かれた研究結果と、ウガンダ、ルワンダ、ケニアなどの近隣東アフリカ諸国から得られた政策と活動結果は、さらに遠くへ輪を広げて、どの国にも当てはまる課題を照らしていた。

貧困、若さ、障害、親との別離など、脆弱性が複雑に絡み合う状況とそれが若者の一生と家族に与える影響、親であることの責任、他人の言葉に耳を傾けること、自分の声を他人にかき消させないこと、人間としてのさまざまな弱みとともに生きること――万人に当てはまる命題なのではないだろうか。

準備を進めている間、円卓会議の情報が学会ホームページのプログラムから突然消えたり、学会の正式参加者ではない市民社会団体の参加認定過程が非常に煩雑であったり、やっと迎えた初日には開会挨拶をするはずであった大統領の到着が遅れて四時間スケジュールがずれ込んだり、直前に会議の会場が変更されたりと、円卓討議の責任者としては最後までハラハラしどおしであった。しかし、アフリカ諸国を中心に一〇〇〇人以上の参加者を募ったアフリカ人口会議の一部になれたことは、欧州やアメリカで行われるアフリカ関連会議――年配の白人男性が大半を占め、滞りなく整然と進められる――よりも、意義深いものであった。

一人の女性として、母親として、市民として、この円卓会議から受け取った貴重なメッセージの小石は、私の心の中に投げ入れられ、いく重にも輪を描いて波紋を広げていっている。

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人々が、勇気と信念を持って変革に挑むとき、流れるのは大掛かりな交響曲ではなくて、チャップマンのこんな歌の方が合っている。それは本当の社会の変革が、指揮者によってではなくて、個人個人のささやき声から始まるからなのだろう。

 

赤地葉子

・Talkin' Bout a Revolution, Tracy Chapman 

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著者略歴

  1. 赤地 葉子

    1977年広島県生まれ。ハーバード大学パブリックヘルス大学院博士(国際保健)。東京大学学士(薬学)。世界保健機関(WHO)、グローバルファンド(The Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria)、他の大学・国連研究所やNGOに勤務し、途上国における母子保健の推進、家族計画、マラリア対策、保健システムの強化等に政策、研究、現地調査を通して取り組む。2017年より国際開発(主に保健・ジェンダー)、ヘルスケア関連の個人コンサルタントとして独立し、フィンランドでデンマーク人の夫と二人の子どもと暮らす。著書に『北欧から「生きやすい社会」を考える』(新曜社)。

    ■クラルス掲載記事
    連載「赤地葉子のつれづれロック」
    https://clarus.shin-yo-sha.co.jp/categories/950

    「一斉休校の陰で苦しむ子どもたち」
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    「生きる力を育む包括的性(セクシュアリティ)教育」
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