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「道具と結果方法論」から見た学校臨床

第1回 前口上

 みなさん、はじめまして。私は伊藤崇といいます。北海道大学で心理学を教えたりしています。

  去る2020年9月12日に、「『道具と結果方法論』から見た学校臨床」と題したオンラインシンポジウムを行いました。本当は、その日に開催予定だった学会用に企画したのですが、学会そのものが中止になってしまったので、「だったら自分たちでやってしまえ」と、オンラインシンポとして企画し直したものです。

  登壇者は私の古くからの研究仲間であるお二人でした。お一人は松嶋秀明さん。滋賀県立大学で臨床心理学を教えておられる方です。新曜社からは『関係性のなかの非行少年:更生保護施設のエスノグラフィーから』と、『少年の「問題」/「問題」の少年:逸脱する少年が幸せになるということ』という2冊の単著を出されました。本のタイトルから分かると思いますが、松嶋さんは学校のなかで「逸脱」していたり「非行」と呼ばれる行動をしたりしている子どもたちや、その子たちと伴走する先生方と一緒にさまざまな活動をされています。

  もう一人は、川俣智路さん。北海道教育大学で学校臨床を教えておられます。『革命のヴィゴツキー:もうひとつの「発達の最近接領域」理論』という本を私と一緒に訳しました。この本は、アメリカで活動しているフレド・ニューマンとロイス・ホルツマンという二人の方が1993年に出版した”Lev Vygotsky: Revolutionary scientist”というタイトルの本の翻訳です。ちなみに、ホルツマン先生は今でも元気に、ニューヨークで活動されています。ニューマンは、残念ながらすでに他界されていますが、その影響は全世界に広まっています。とても面白い方だったみたいです。

  シンポジウムのタイトルにある「道具と結果方法論」とは、実はこの『革命のヴィゴツキー』に出てくる考え方です。私たち三人は、心理学者ヴィゴツキーのアイデアに触発されてそれぞれ研究や活動を行っていましたが、ホルツマンたちの考え方が筑波大学の茂呂雄二先生を中心に日本に紹介されるようになると(詳しくは、『遊ぶヴィゴツキー』という本を参照してください)、わりと関心をもって本を読んだり話を聞いたりしていました。当然、「道具と結果方法論」(英語では、tool-and-result methodology)も知っていたのですが、『革命のヴィゴツキー』を訳すことを通して、この概念の背後にある哲学的・実践的議論がよく分かるようになってきました。

  それだけでなく、この考え方は、松嶋さんや川俣さんがふだんから行っておられる、学校のなかでの教育臨床的活動にも一石を投じるかもしれない、という可能性を感じ始めました。そこで、どんな可能性がありそうなのか、この考え方を通すことで、学校での先生と児童生徒の関係にどんな変化がもたらされるのかを考える機会をもちたいと思いました。せっかくなので、多くの人と共有してみたいということで、オンラインでのシンポジウムを実施したという経緯です。

  みなさんがお読みになっているこの文章は、大きく二つのパートから構成されています。一つは、「道具と結果方法論」が学校での教育臨床的活動にとってもつ意味について、松嶋さんと川俣さんにそれぞれ語ってもらった部分です(連載第2回,第3回)。シンポジウムだと、「話題提供」などと呼ばれる部分です。もう一つは、お二人の話題提供を受けた、オンラインシンポの模様です。そこでは私たち三人が今回のテーマをめぐって議論するとともに(連載第4回,第5回)、シンポ参加者の方々からメール、Zoomのチャット、そしてリアルタイムでいただいたご質問についてお答えしています(連載第6回,第7回,第8回)。

  なお,オンラインシンポにてご質問,ご発言いただいた方々のお名前やご所属は,ご本人のお許しをいただいた上で,当時のまま掲載しております。あらためまして,シンポへのご参加とご協力をたまわりましたこと,感謝申し上げます。

  それでは,最後までお読みいただければさいわいです。

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著者略歴

  1. 川俣 智路

    北海道教育大学大学院教育学研究科准教授。修士(教育学)。専門は臨床心理学、教育心理学。学校における思春期の子どもたちの「適応」や「学びやすい」学習環境に関心がある。近著にEducating Adolescents Around the Globe: Becoming Who You Are in a World Full of Expectations (Cultural Psychology of Education Book 11)(共著、Springer、2020 年)、「学校における支援の視点」(分担執筆『そだちの科学』34、日本評論社、2020 年)、訳書に『革命のヴィゴツキー――もうひとつの「発達の最近接領域」理論』(共訳,新曜社,2020年)などがある。

  2. 松嶋 秀明

    滋賀県立大学人間文化学部人間関係学科教授。専門は臨床心理学。いわゆる「状況論」や「ナラティブアプローチ」を足がかりに,逸脱した子どもの立ち直りについて考えている。著書に『少年の「問題」/「問題」の少年:逸脱する少年が幸せになるということ』(新曜社、2019年)など。

  3. 伊藤 崇

    北海道大学大学院教育学研究院准教授。博士(心理学)。専門は言語発達論、発達心理学。文化歴史的アプローチに立ち、子どもの言語発達を考えている。著書に『大人につきあう子どもたち――子育てへの文化歴史的アプローチ』(共立出版、2020年)、『学びのエクササイズ 子どもの発達とことば』(ひつじ書房、2018年)、『ワードマップ 状況と活動の心理学――コンセプト・方法・実践』(共編著、新曜社、2012年)、訳書に『革命のヴィゴツキー――もうひとつの「発達の最近接領域」理論』(共訳、新曜社、2020年)がある。

  4. 岸 磨貴子

    明治大学国際日本学部 准教授。専門は教育工学。研究テーマは「多様性をつなげる教育、多様性がつながる学習環境デザイン」。中東(シリア、パレスチナ、トルコ)を中心に、難民など社会的脆弱な立場におかれる子どもの学習発達支援がライフワーク。難民に「なってしまった」ことで、母国でやっていたようにできなくなって、自信を失ったり、どうせ自分は……と未来への可能性を狭めてしまうことがある。この問題に対して、「ない」ではなく「ある」ことに目をむけ、難民たちが自分たちで活動をはじめていける「場のデザイン」としてパフォーマンス心理学を実践。共訳書に『パフォーマンス心理学――共生と発達のアート』(https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b455390.html)、本書の姉妹本にあたる『「知らない」のパフォーマンスが未来を創る――知識偏重社会への警鐘』(ロイス・ホルツマン,著/岸磨貴子・石田喜美・茂呂雄二,編訳/ナカニシヤ出版 http://www.nakanishiya.co.jp/book/b541244.html)がある。今回は、グラフィックレコーダーとして参加。

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