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ツバメのかえるところーーはじめて出会う「部落問題」

第4回・就職差別ってなに?(後編)

 

履歴書の変なところ

   前回は、就職活動のとき、会社は差別をしてはいけないというルールの話をしました。「本人の能力をみる」ことが基本なので、部落出身だからという理由で不合格にしたり、男女で差をつけるのはダメですというものでした。
 でも就活のルールは、まだまだ見直すべきところがいっぱいありそうです。例えば、男女で差をつけたらダメというルールがあるんだったら、性別を書く欄はいらないように思えます。昔から当たり前のようにあったから、「男・女」と書いてあったら深く考えずにマルをつけちゃうなあという人もいるでしょう(★1)。
「あって当たり前」と考えられていたために、改めて「ほんとにいるの? なぜいるの?」と理由を聞かれたら、なかなか答えが出てきません。このような問いに対して、「性別を知らずに採用して、新入社員が全員男だったり、全員女だったら困るから」といったように、「男女のバランスが悪くなるから」という理由があげられることが多かったようです。
 履歴書を出すのは、就職活動の最初のほうにすることです。無事、書類審査が通ったら、次に面接です。それも1回だけでは済みません。2回、場合によっては3回以上あります。そうやって人数をしぼっていくのですから、最初の書類審査で男女の数をあわせなくてもいいはずです。だから、「男女のバランスをとるため」という説明は、少し苦しいでしょう。
 しかしこの「男女を聞く」という習慣も、大きく変わろうとしています。例えば、高校受験の願書から性別欄をなくす動きがあります。もうはじまっているところもあります。また国に出す書類でも、必要ない場合は性別を聞かないようになってきています(★2)。
 就活にも、その流れがやってきました。2020年の春、外資系企業のなかに、履歴書の性別欄や顔写真をなくした企業が出てきました(★3)。さらに、同じ年の初夏にかけて、履歴書から性別欄をなくそうというインターネット署名活動が起こり、多くの人たちがサインしました。この署名は、男女差別の視点というよりは、トランスジェンダーの人々が社会で生きていくのを困難にしているという点からのアプローチでした。何も考えずに「男・女」にマルをつけられたのは、つまり自分の性をどう思っているか(性自認)と、生まれたときにお医者さんが「男の子/女の子ですね」と割り当てた性が同じで、「自分の性」について違和感を感じたことがないからだったのですね(★4)。
 署名の呼びかけ文には、「法律上の性別と、現在暮らしている性別が異なるトランスジェンダーの人たちは履歴書の性別欄のせいで半強制的にカミングアウトを強いられ面接で落とされています」と書かれています。応募書類に法律上の性を書いて出したら、面接のときに「あれ? 女性かと思ってましたが、実は男なんですか?」と、本人が望んでいないのに無理やりカミングアウトをさせられてしまうことになります(★5)。一方、今、生活している上での性別を書けば、法律上の性と異なることがわかったときに、「男なのに、女として試験を受けた。うそをついて入社しようとした」として、内定を取り消されてしまうという可能性があります。

履歴書が変わる
 ところで、履歴書の実物を見たことや、履歴書を書いてアルバイトに応募してみたことがありますか? 履歴書には「JIS規格(日本産業規格)」のマークがついていると思います。また、募集要項にも、「JIS規格の履歴書を出してください」と書いてあると思います。つまり、履歴書には国が認めたテンプレート(様式)があって、コンビニや文房具屋さんで売ってる履歴書はそれを参考にしてデザインされています。これまで、その様式には「男・女」の欄がありました。
 そして、さきほど述べたように、男女欄をなくそうという署名がはじまり、なんと1万通も集まりました。その署名は経済産業省に提出されました。
 そのわずか1か月後、JIS規格の履歴書様式から、性別欄が削除されることが決まりました(★6)。
 2020年の春夏の流れだけみると「声さえあげたら、あっさり変わるもんだね」という印象を持ってしまいそうですが、決して簡単なことではありませんでした。要望をはじめてから17年もかかり、その間にはいろいろなことが話し合われました(★7)。
 映画や小説のクライマックス・シーンで、大きな建物や巨大な敵を少しずつ傷つけ、最後に指一本でちょこっと押すと、どどーんと倒れるといった描写がありますが、署名はまさにその最後のひと押しだったというイメージでしょうか。
 前回にお話ししたように、部落差別をなくす取り組みを通じて、削られた項目もたくさんありました。家族欄、本籍を書く欄、家の周辺の地図などでした。それが当たり前だった時代もあったのですが、本人の実力をはかるのになんの関係もないじゃないかと声があがったおかげでした(★8、9)。今では、これらの項目はないことがむしろ当たり前になりましたよね。つまり「なくても問題なかった」ことが証明されたわけですよね。

差別問題は新たに発見される
 では、これで日本の履歴書は完璧になったでしょうか? 残念ながら、まだまだ考えるところはありそうです。例えば、「顔写真を使って性別を想像して、書類審査で落とすことができるよね」と思った人も多いのではないでしょうか。さきほど述べたように、性別欄と一緒に顔写真もやめた会社が実際にあります。このように顔写真もなくす方向にあります(★10)。
 でも、まだまだ履歴書には問題を「発見」することができそうです。例えば、高齢者などへの差別もあります(★11)。そうなると年齢を書く欄をどうするか、考えてみないといけなくなりそうです。
 さて、こうなるといよいよ、本人の氏名、連絡先、学歴、職歴、資格、アピール、本人の希望、などだけが残ります。さすがにこれ以上、削るところはなさそうです。
 しかし、実はまだまだ就職差別につながりそうなものがあります。「氏名」です。名前から性別や外国ルーツであることなどが推測されてしまうのです。あるいは、漢字が当て字で他の人には読めないとか、キャラクターからつけた名前など――「キラキラネーム」と少し否定的な意味あいで呼ばれることもあります――が就職に不利ではないかと考えて、改名をするケースもあります。
「名前で差別されるからって、書かないわけにはいかないでしょ。さすがにどうしたらいいの」ってなりますよね。そう、そこで一度、立ち止まる必要があるのです。差別につながりそうなことはあらかじめ聞かないようにするというルールを作ることも大事なのですが、会社が人を選ぶときに、本人の能力と関係ないところで人を選ばない――女だから、外国ルーツだから、キャラクターの名前だから落とそうといったことをしない――ように、きっちり「人権」という基礎を身につけておくことがどうしても必要なのです(★12、13)。
 
差別は新しく生まれる
 人権意識の高まりとともに、以前からあった差別が新たに「発見」されていったのと同時に、以前はなかったけれど新しく「生まれた」差別も登場してきました。
 新しいテクノロジー、つまりインターネットやデジタル技術などのなかにも、差別が入り込んでしまうという問題です。そのことが就職差別にも結びついてしまう可能性があります。
 まず、インターネットと差別について考えてみましょう。ここで、ようやく部落問題の話に戻りますが、いま、ネット上での部落差別が社会問題になっていて、日本政府も対策に動き出しました。2016年に部落差別をなくすための新しい法律ができたことは、すでにお話ししましたよね。この法律ができたのは、昔ながらの差別がなくなっていないこともあるのですが、もうひとつの理由はネット上の差別がひどくなってきたからなのです(★14、15)。
 たとえば、部落の地名の一覧を載せたり、Q & Aで「ここは部落ですか?」といった質問をするとか、部落は「こわい」とか「あぶない」とかいったネガティブな情報を流したりといったことが、ネット上に溢れかえっています。かつて、部落の場所リストーー「部落地名総鑑」といいます――でお金儲けをしていたという事件があり、国は企業に買ってはいけませんと指導したり、買った企業からは回収して処分しました。今では、似たようなものがネットで出回り、就職差別に使われてしまっている可能性もあります。就職差別解消への取り組みが、一気に逆戻りしてしまった感じがあります。

ネットで部落を調べるということ
 このような話を聞いて、「え、ネットでわかるんなら、ちょっと調べてみようかな?」と思った人がいるかもしれません。でも、ネットで簡単にできるからといって、興味本位で調べてしまっていいのでしょうか。とはいえ、この時代、ネットで一瞬で調べられるものを、止めることは難しいです。私がみなさんにダメと言ったとしても、どれだけの人が聞いてくれるだろうかと疑問に思います。
 でも、もしネットで部落の場所を調べる気持ちが芽生えたなら、次のことを考えてみてください。「調べた」ことで、あなたが問われることがたくさん出てきます。
 まず、面白がって検索したという秘密ができてしまいます。ネットの情報は不確かなものがたくさんありますから、それが本当なのかどうか気になってしょうがなくなるでしょう。でも、秘密の行動ですから、気になっても人には相談できないですよね。そこで、「気になってしょうがなくなってしまった。やめとけばよかった」と思うかもしれません。
 次に、検索によって友達や恋人の家が部落のなかにあるらしいと知ったら、あなたはどうするでしょうか? まず、調べたことは秘密ですから、当の本人に事実かどうか尋ねることはできません。そうなったら、あなたは友達や恋人の身元を「暴いた」ことになってしまいます。出身を子どもに伝えていない親も少なくないので、自分が部落出身であることをその子本人は知らない場合があります。そうなったら、本人さえ知らないことを、知りえてしまったことになります。
「暴く」という言葉を使うと、まるで部落出身であることが悪いことのように聞こえてしまうかもしれないので、少し補足します。部落出身であることが悪いことや否定すべきという意味ではなくて、そのことを悪用して誰かを貶めようとする人がいるから注意が必要だということです。あなたは、アウティングしてはならないという重い責任を負ったのです。
 また、こんなケースもあります。面白半分で部落の場所を調べてみたところ、それは自分の地元だったということがあります。他人事が突然、自分ごとになるわけですから、心の準備ができていないかもしれません(★16)。だって、興味本位でこういったことを調べるような人間がたしかに存在して(それは自分なわけですから)、面白半分で自分の身元を「暴こう」としてるんだって身をもって知るわけですから。
 友達や恋人との関係はどうでしょうか。あなたは検索したという秘密を抱えています。本人に調べたことを打ち明けることができなければ、本人があなたにカミングアウトしてくれるまで待つ必要があります(本人は出身を知らない場合もありますが)。あなたは友人や恋人が部落出身であることを打ち明けても大丈夫だと思えるほど、信頼できる人物になれる自信はありますか(なってほしいと私は願いますが)?「こいつは人権感覚ないな」と思われていたら、永遠に打ち明けてくれないかもしれません。でも、あなたにはこっそり検索したという事実がありますから、そんなことをした自分は信頼されるに値する人間だろうかと悩んでしまうかもしれません。調べたことの後ろめたさにずいぶん悩まされることになりそうです。
 また、友達や恋人が部落出身だったと知って、自分のなかの差別意識を知るかもしれません。しっかりと部落問題を理解して部落差別は不当だと言えるようになる前に、部落を避けたいという気持ちを抱きつつ部落の場所などを調べるのは、友達や恋人に対して誠実な態度ではないように思います。
 むしろ、あなたとのつきあいを考え直すのは相手のほうかもしれません。「そんなことで人を差別するような人間は嫌いだ」と、あなたへの愛情が冷めてしまうかもしれません。
「私は部落に偏見ないです。単に知識として知っておきたいだけです」という人もいるでしょう。でも、あなたは部落に偏見がないとしても、もし検索したことが部落に住む友達に伝わったとしたら、「検索したこと」にともなった違和感が生まれるかもしれません。友達自身は、自分の部落に対してネガティブなイメージはなく、むしろ大好きだったとします。あなたも偏見はないと説明したとします。でも、「なんでわざわざ調べるんだろう。なんかそういう目で検索してる人がいるんだ」と、自分の地元が好奇心を持ってこっそり調べられる対象になっていること自体、友達に不安な気持ちを与えてしまうと思いませんか?
 長くなってしまいましたが、気軽に調べるということが、これだけたくさんのことをあなたに問うことになるんだってことを覚えていてほしいと思います。
 もちろん検索されることを前提にして、積極的に情報発信をしている部落もあります。「うちの地元のコミュニティセンター、ぜひ遊びにきてね!」「面白いイベントやるよ!」と、来てもらえばいいとこだってわかってもらえるよね、という作戦に出ている地域もあります。でも、まちづくりの経緯は地域によってバラバラですから(だって全国に6000ほどあると言われてるんですから!)、どの地域でもそんなふうにポジティブな行動がとれるわけではありません。やはり、ネットに地名を載せられていることで、とても不安を感じている人はたくさんいると思います。
 それでも偶然知ってしまう可能性が高いのがネット。調べるつもりがなくても、情報のほうから飛び込んでくることもあります。ですから、「調べるな」ということではなくて、知ったときに、ちゃんと人権の基本にそった行動がとれるかということが大切になってきます。部落の情報をみてしまわないしくみだけではもはやどうしようもないので、人権意識をしっかり育てるしかないというのは、履歴書の話と同じですよね。

AIと就職差別
 次は「デジタル技術と就職差別」について考えてみましょう。新しいデジタル技術は、新しい「身元調べ」を生みます。2019年の夏、大手就活サイトが、学生に不利益を与えるようなデータを企業に販売しているという問題が明らかになりました。AIを使って、学生のサイト閲覧情報を分析し、内定を辞退する確率を出して、その情報を企業に販売していたのです(★17)。これまでには考えられなかったような、新しいタイプの「身元調べ」が技術的にできるようになってきたのです。
 AIによる分析は、人権の役に立ちそうなこともあれば、人権侵害を促進してしまうこともありえます。これまでに述べてきたように、システムや技術をめぐる問題は、それを使う人々が人権を基盤においていなければ、しくみだけでは解決しません(★18)。
 AI技術における差別・人権問題は、近年、注目されている分野です。今どのようなことが話題になっているのでしょうか。
 例えば、AIに投入するデータと差別の問題です。差別的な考え方や行動のある社会のなかで集めたデータには、その社会の差別が反映されている可能性があります。「この職種には男性が多い」というデータがあったとします。過去に男性が多いということは、男性に向いている職種だと考えられるので、男性を採用することは理にかなっているという説明もできますが、一方、このデータは就職差別によって女性が排除されてきたことを表しているにすぎない、だから積極的に女性を取るべきだと主張することもできます。どういう説明の仕方がよいのかは、AIは何も教えてくれません。ここは、人間が、人権感覚を研ぎ澄ましながら、他のデータなどとも組み合わせて、考えるしかないわけです。
 データの組み合わせから、マイノリティに不利な情報を作り出すこともできます。部落出身者や人種的マイノリティ、エスニック・マイノリティかどうかを履歴書から調べることができなくても、差別的な考えを持つ人はなんとかしてマイノリティを探し出そうとするでしょう。データの組み合わせから、聞いてはいけない項目に近いものを作って判断材料にするのです。そうすると、例えばネット上にある部落の地名を拾い集めてリスト化したり、各種統計から外国籍住民の多く住む地域を取り出したりして、その地域の郵便番号に該当する応募者を不合格にするといったことができてしまいます(相当、いい加減なやり方だと思いますが)。
 他にも、就職活動との関係でいえば、ターゲット広告(ネットをみている人のデータの組み合わせから、その人にあわせた広告を表示すること)の技術を使って、逆に応募して欲しくない人には、その情報が出てこないようにすることも技術的にはできるでしょう。
 AIはまだまだ発展の途中にあるから、技術がもっとよくなって、データに含まれている差別なんかも排除できるようになったら大丈夫という考え方があります。しかし、やはり、差別の問題を技術「だけ」で解決しようとするのは無理があると思います。
 また、差別につながりそうなデータを一切とらなきゃいいんでしょ、そしたらみんな平等な扱いになるんでしょという考え方もあります。しかし、マイノリティのデータを一切とらないことも、逆に問題を生んでしまいます。マイノリティのデータをとらないことで、マイノリティの実態がわからなくなり、支援策がたてられず、彼らをますます不利な状況においやってしまう可能性があります。
 例えば、「女性活躍推進法」は、会社のなかで女性がどれだけ課長や部長になっているかといった統計をインターネット上で公開するように義務づけています。これは、まだまだ男女のバランスの悪いところを直していくためには必要なデータです。格差をなくすためには、マイノリティに関する統計をきちんととって、データをもとに格差が埋まらない原因について人間の頭で考えて、対策を決める作業がいるのです。デジタルの技術者だけでなく、現場のいろいろな職種の人に入ってもらって、AI技術で足りないことを人間の知識で埋めたり、現実と照らし合わせてデータをどう読むのが正しいのか、みんなで考えないといけないのです。

「差別はなくならない」かもしれないけど
 AI技術が就職活動に応用されるとき、人間を性別や年齢、住んでいるところ、行動の特徴などから、「カテゴリー」に分類するという作業がおこなわれます。前回のお話を思い出してください。人を男女などのカテゴリーで分けることが差別につながるから、その人の実力だけをみるような取り組みが進められてきたんでしたよね? つまり、カテゴリー化すること自体、そこに差別の可能性が含まれていることに注意が必要なのです。
 ここでは、デジタル技術を例として「新しい差別」の誕生について書きましたが、新しい技術には遺伝子検査など生命倫理に関わるものもあります。今までは想像もできなかったような「新しい差別」はもっと増えるかもしれません。しかしだからといって、「人間は差別をするものだ。新しい差別は次々と現れるのだから、どんなに対策をしても差別はなくならない。だから諦めるしかないんじゃないかな」と、諦めてしまってはいけないのです。
 ほうっておいたらどんどん増えてしまうのなら、少しでも減らせるようにがんばるしかないのではないでしょうか。「差別はなくならない」という言葉は、ときに「私はあなたを助けませんよ」「あなたは声をあげても無駄ですよ」と言っていることと同じです。自分のすぐそばで差別や偏見で苦しんでいる人がいるのに、何にもしなくていいってことはないでしょう。
 前回と今回、就職差別への長い時間をかけた取り組みがあることを学びました。コツコツと差別や偏見をなくす活動をすることが、世の中をちゃんと変えていることがわかりましたよね。新しい差別が生まれてくるとしても、諦めてはいけないし、実際にわたしたちの社会は諦めていないんだということをわかってほしいなと思います。

                                         

                                              <次回第5回に続きます>


注:
★1 余談ですが、日本では当てはまる項目には〇印をつけることが多いですが、他の国ではチェックマーク(レ点)とか✕印をつけることがあります。ふだん〇をつけているところに✕をつけるのは慣れてないと不思議な感じがしますが、このようなスタイルのチェック欄をみるたびに、「〇が当たり前って思い込んでるんだなあ」ということに気がつきます。

★2「助成金書類から性別欄を削除 厚労省「審査に必要ない」」
(「東京新聞」2020年6月5日 07時18分 https://www.tokyo-np.co.jp/article/33433)

★3「ユニリーバ・ジャパンが履歴書から顔写真などを排除。採用活動で性別への偏見をなくす」(「ビジネスインサイダー」2020年3月10日) https://www.businessinsider.jp/post-209068

★4 石田仁『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』(ナツメ社、2019年)を参考にしました。

★5 2020年の6月から改正労働施策総合推進法(しばしば、パワハラ防止法と呼ばれます)がはじまりました。これは、就職が決まって「働きだしてから」の法律ですので、就活のための法律とは少し違いますが、SOGI(性的指向と性自認)について関係するところがあるので、紹介しておきたいと思います。
 法律には、「指針」というつけ足しの説明がつくことがあります。そこでは、法律をどう読んだらいいのか、具体的に書いてあります。パワハラ防止法の「指針」では、「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」もパワハラですよと書いてあります。

★6 2020年の8月には、さっそく文房具の大手の会社が、男女欄をなくした履歴書の発売を決めました。
https://digital.asahi.com/articles/ASN8P61MSN8PULFA00P.html?fbclid=IwAR01qEnc6dfVEXDTTGG63fx3SU6STPW7ocB9LWMaUZ6zGa25VSLpQJqKYFw

★7 署名活動から、JIS規格履歴書からの性別欄の削除までの流れは、以下のような記事などから追うことができます。
■2020年の春、労働問題を扱うNPO「POSSE」が履歴書から性別欄をなくす署名キャンペーンをはじめます。署名は1万人分が集まり、JIS規格の管轄になっている経済産業省に提出されました。
「履歴書の性別欄廃止を」経産省に1万人分の署名提出 https://www3.nhk.or.jp/news/special/news_seminar/syukatsu/syukatsu488/

■経済産業省から、JIS規格を定めている日本規格協会に通知が送られ、履歴書の例から性別欄が削除されました。
2020年07月17日 JIS Z 8303『帳票の設計基準』の解説に掲載されている履歴書の様式例の削除について 一般社団法人日本規格協会(https://www.jsa.or.jp/news/#sidetab-1のお知らせ欄(別ウインドウがひらきます)より)
「令和2年6月30日、NPO法人POSSEから経済産業省へJIS Z 8303『帳票の設計基準』に掲載されている履歴書について、性別欄を無くすよう要望がありました。経済産業省から当協会へ当該要望の通知があり、次のとおり対応したことをお知らせいたします。
 ・同規格は、伝票、履歴書等の帳票の仕上げ寸法等を規定しており、個々の帳票の内容(様式等)は規定しておりません。履歴書は規格の内容を説明する解説に、様式例の一つとして掲載していたものです。しかし、これがJISに履歴書の様式が規定されているとの誤解を招く恐れがあることから、解説から履歴書の様式例を削除いたしました。
 ・同規格票の販売先が判明しているところには、「JIS Z 8303の規格票の解説から履歴書の様式例を削除した」旨の文書を送る手配をいたしました。
 ・当協会のWebdeskにも「JIS Z 8303の規格票の解説から履歴書の様式例を削除した」旨を掲載いたしました」。

■その後、大手文具会社が性別欄のない履歴書を発売することを決めました。

■17年にわたる性別欄をなくす取り組みについては、以下でわかりやすく解説されています。
 遠藤まめた「履歴書の性別欄が無くなるまでの17年間のあゆみ」(「HUFFPOST」2020年8月1日)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5f237d7bc5b68fbfc881149b?fbclid=IwAR3Mfcn3x2EFGL-VaOFst_myN3fcMtJP8uqPkwLYHx1m0jZIf3Yc00F6t-0

★8 就職のときに尋ねる必要がないとされるようになったものは他にもあります。例えば、色覚異常です。色覚異常とは、赤と緑がみわけにくいといった色に関する見え方の特性です(日本遺伝子学会は2017年以降、「色覚多様性」という呼称を提唱しています)。
 かつては色覚異常について、小学校で検査をおこなっていましたが、法律が変わって今では多くの学校では行わなくなりました。また就職してからの健康診断でもおこなわないようになりました。検査がおこなわれなくなったのは、就職差別がおこっていたことと関連しています。
 現在も、色をみわけることが仕事の上で必要な職種、例えば警察官や消防士、鉄道の運転手などでは制限があるのですが、色覚異常があればダメといったことではなく、仕事に支障がなければいいですよとか、赤青黄がみわけられればいいですよといったように、必要のない過度の制限は設けないようにしています。
 警察官や消防士、鉄道の仕事が子ども時代からの夢という人も少なくないと思います。自分の特性は、その仕事には支障がないのに、不必要な範囲まで広げた条件のせいで夢が叶えられないなんてことがないように、少しずつ、制限はなくしてきたのですね。
 一方、検査がおこなわれなくなったことで、本人も色覚異常があることに気づかず、仕事や生活に支障が出るといった、本人への不利益が生じているのではという指摘もあります。
 この他にも、一定の特性や障害などがある人は、その仕事にはつけませんといった「欠格条項」があるのですが、不必要なものは削除する方向にあります。欠格条項に関する情報は、「障害者欠格条項をなくす会」が詳しいです。

http://www.dpi-japan.org/friend/restrict/topix/topix2020/index.html

 履歴書の欄には病歴はありませんが、病気への偏見や差別もまだまだ根強いです。歴史のなかではハンセン病者やその家族への差別の問題がありました。これは昔のことではありません。今でも、HIV感染者への就職差別がおこっています。
 加藤丈晴「HIV不当内定取消訴訟判決を受けてー弁護団から」(『ヒューマンライツ』vol.384、部落解放・人権研究所、2020年)
 訴訟は次のようなものでした。「ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染した社会福祉士の男性(以下、「原告」という。)が、北海道内のA病院の求人に応募し、一度は内定となった。その後、A病院は、原告が過去に同病院を受診した際の医療記録を見て原告のHIV感染を知り、原告にHIV感染の有無を確認したところ、原告はこれを否定した。そこでA病院は、原告が面接時にHIV感染の事実を告げなかったこと、内定後にHIV感染の有無を問われ虚偽の回答をしたことを理由に、その内定を取り消した」。判決は「被告が原告の内定を取り消したこと及び被告が原告に関する医療情報を採用活動に利用したことの違法性を認め、被告に対し165万円の支払いを命じ」た(判決は確定)。

★10 見た目は、男女を判断するだけにとどまりません。顔にあざやまひ、傷のあとなどがある人に対する「見た目問題」も、ニュースなどでとりあげられることが増えました。また、外国にルーツのある子たちの中にも、国籍や在留資格、言葉の能力とは関係なく、「外国人っぽい」外見だけで「外国人だ」と判断されるということがあります。反対に「外国にルーツがあるようにみえない」けれども、外国にルーツのある人もいます。

★11 政府は70歳までの雇用を努力義務とすることを企業に課すとしています。かつて男性は55歳定年、女性は50歳で定年といった企業が多かったのですが(男女で違うということが問題になりました)、現在は希望する人は65歳まで続けて働けるようになり、さらには70歳まで働く時代になろうとしています。たしかに、現代の55歳といえば、まだまだ若く、むしろバリバリ働いている年齢です。昔はこの年齢で退職だったというのが不思議な感じがします。今の65歳でも、まだリタイアするには早すぎませんかと思える人は少なくありません。
 とはいえ、年齢とともに、身体の機能はゆるやかに落ちていきます。ふらつきやすかったり、骨折しやすいといったこともあります。高齢者の雇用は、仕事中の事故予防の観点からの配慮も必要です。 https://digital.asahi.com/articles/ASM5K3V90M5KULFA00T.html
 仕事は生きがいでもあるので、長く働けることも大切ですが、高齢者が仕事をすることをめぐっては、ただ「年齢差別をしないで」という話だけではすみません。高齢になっても活躍できるということと、高齢になっても働かざるをえないということは、それぞれ別の問題として考えないといけないでしょう。高齢になっても働かざるをえない社会であることは、年金の不足といった貧困の問題であることも忘れてはいけません。

★12 この原稿では詳しく書けませんでしたが、履歴書に関してはもうひとつ別の問題があります。現在の大学生の就職活動は、履歴書だけでなくエントリーシートというものも使います。エントリーシートは、履歴書のように規格がないことと、就活生以外の人がアクセスしにくいことから、前回述べたような違反項目が復活してしまっている可能性があります。またweb動画によるエントリーもおこなわれています。この動画からは、本人に関する新しいタイプのデジタルデータが収集されています。これがどのように活用・悪用されるのかは、注視する必要があると思います。

★13 採用のシステムのしくみを変えることで、差別をなくすというアイデアについては、イリス・ボネット『WORK DESIGN 行動経済学でジェンダー格差を克服する』(池村千秋訳、NTT出版、2018年)を参考にしました。交響楽団の試験の例では、男性演奏者が有利になりがちなので、男女がわからないよう本人の姿が見えないようにして演奏してもらい、審査員の無意識のバイアスをとりさるといったかたちで、男女差別をなくしていくという方法などがしめされています。

★14 法務省は2020年6月に「部落差別の実態に係る調査 結果報告書」を出しました。そこでは、インターネット上の差別についての報告も行われていて、「第4章 インターネット上の部落差別の実態に係る調査」としてまとめられています。調査は3つあり、①「部落」・「同和」と部落問題に関連しそうなキーワードで検索した場合の上位にあがるサイトを集計・分析したもの、②そのユニーク・ユーザー数、つまりそのサイトをみている人の数、③アンケート調査です。
 これらの分析をみると、ネット上の部落差別は、主に、どこに部落があるのか、誰が部落出身者かという身元調べに関するものと、誰かを部落出身者と名指して誹謗中傷したり、部落の悪口を書いたものが多いことがわかります。

★15 かつては、トイレや公共施設などの壁に差別的な言葉を書いたり、部落の地名を書くといった「差別落書き」がさかんにおこなわれていた時期がありました。落書きが昔ほどおこなわれなくなった理由は、いくつか考えられます。まず、差別をする人の「表現」の場所がネットに移ったのかもしれません。また、技術面に関しては、監視カメラが増えたことが挙げられます。そして人権の面では、差別落書きは許さないという取り組みがあり、同時に、器物損壊という立派な犯罪だというアプローチをしていったことも大きいと思います。

★16 谷口真由美・荻上チキ・津田大介・川口泰司『ネットと差別扇動』(解放出版社、2019年)では、ネットを通じて、部落に対するネガティブな情報と同時に、自分が部落出身であることを突然知ってしまった人の事例が紹介されています。また、調べ学習で部落に関するデマ情報をネットでみてそれをそのままクラスで発表してしまうとか、ネットで差別的な投稿をみてしまって嫌な気分になるなどの「閲覧ダメージ」について述べています。

★17  北口末広「リクナビ問題と就職差別・個人情報保護・ビッグデータ」(『ヒューマンライツ』No.382<特集・リクナビ問題と私たちの個人情報>、部落解放・人権研究所、2020年)

★18  この章の内容は、人種差別に関する国連特別報告者テンダイ・アチウメ氏が国連人権理事会に提出した「人種差別と新興デジタル技術:人権面の分析」報告書をもとにしています。
日本語訳は、以下のリンクで読むことができます。
https://imadr.net/report-digital-technologies-and-racism/

 

 

 

 

 

 

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著者略歴

  1. 齋藤 直子

    1973年生まれ。大阪市立大学人権問題研究センター特任准教授。博士(学術)。専門は、家族社会学と部落問題研究。主な著作に『結婚差別の社会学』(勁草書房、2017年)、『入門家族社会学』(共著、新泉社、2017年)など。

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