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ツバメのかえるところーーはじめて出会う「部落問題」

第3回 就職差別ってなに?(前編)

 
                                       
                                                 
1 就職差別と結婚差別 
 第1回と第2回では、部落問題は日常生活ではなぜかあいまいに話されること、ふだん生活している中ではなかなか見えにくいこと、そして部落問題の歴史などについてお話ししてきました。
   なぜ差別が見えにくいかというと、こっそりするからです。いじめなどでも、誰にでもわかるようにするものと、まわりにはバレないようにするものがありますよね。いじめを受ける方からしたら、どちらも耐えられないと思います。
 こそこそと避ける、陰口をいう、下にみるといった行動がふだんからあるなかで、それがベースとなって、あるとき、ひどいかたちで差別があらわれます。それが差別事件とか差別事象と呼ばれるものです。ふだんから差別に関心のない人には、事件は突然起こったようにみえますが、こそこそした差別の雰囲気を感じている人からすれば、起こるべくして起こったな、と思うでしょう。
 部落差別がはっきりとしたかたちで姿をあらわすシーンはふたつあると言われています。ひとつが就職するとき、もうひとつが結婚するときです。それぞれ「就職差別」と「結婚差別」と呼ばれていますが、まず今回と次回の2回を使って、
「就職差別」についてお話ししようと思います。
 
2 差別事件について話す前に
 でもその前に、いつものように回り道をしてから本題に入りたいと思います。差別事件の話をする前に、伝えておきたいことがあります。部落問題は、この50年の間に、かなりよい方向に変わってきたということです(よい方向には進んでいるけれど、それに反発する人が出てきて、また悪い方に戻ってしまう「ゆりもどし」ーー英語ではバックラッシュといいますーーも起こりますので、行ったり来たりしながらよい方向に進んでいくのですが)
「私のおじさんは結婚のとき、むこうの親戚から嫌なこと言われたらしくて、だから、私も結婚のときに反対とかあるのかなって心配してたけど、何にもなかったよ!」という人も増えてきました。
 今から40~50年ぐらい前は、部落の子どもたちに部落問題を教えるときには、「いつか差別されるかもしれない。しっかり学んで差別をはね返すんだ」という強い気持ちが必要でした。実際に差別に出会う可能性が高かったからです。でも、いきなりバーンと「お前らは将来、差別されるぞ!」なんて言ったら、子どもたちはショックだし、部落に生まれたせいで差別されるんだ、って自分の生まれたところを嫌いになってしまいます。だから、歴史のよい面をとりあげたり、年齢にあわせて少しずつ部落のことを教えたりするなど、親や先生たちは教え方をものすごく研究しました。
 同時に、子どもたちがつらい思いをしないで済むようにと、差別をなくすためのさまざまな取り組みもすすみました。部落の人々がはじめた社会運動(部落解放運動といいます)もありましたし、国が法律を作って家や道路をなおしたり(★1)、学校で部落問題を教えたり、大人むけの教育(社会教育とか人権啓発といいます)がおこなわれたりしました。また、仏教やキリスト教といった宗教者による取り組みなど、他の団体の協力もありました。国際的な活動もすすみ、国連にアピールにいったり、ダリットやロマといった世界のマイノリティとの交流もおこなわれたりしています。研究者たちもいろいろなことを明らかにしてきました。そういう積み重ねがあって、差別をしない人が増えてきたのだと思います。
 日本に暮らす人たちの考え方も変わりました。就職とか結婚にかんする「常識」も変わりました。例えば、かつては就職のときに、母子家庭の子はダメ、婚外子(父と母が結婚していない関係から生まれた子)はダメといったように、本人の実力とまったく関係ないところで就職させないことが「当たり前」だと思われていた時代もあったのです。
 結婚のときには、「家と家との釣り合い」が重要で、「うちは武士の家系なのだから、相手もそれなりの家柄でなければ」「いくら好きでも、生活レベルがあわないとうまくいかない」といった発言も、それほど珍しいことではありませんでした。今から50年ほど前はそんな状況でした。
 今では、就職は本人の実力をみるべきだし、結婚は家のつながりよりふたりの愛情が大切という考え方が一般的になっていると思います。このように、少しずつですが、個人が生きやすい社会に向かっていると考えられます。
 だから、今、部落問題を若い人に伝えるとき、40~50年前と比べたら、それほど厳しい見通しを伝えなくてもよくなってきていると思います。しかし、差別が起こる可能性がゼロではないので、もしものときのためには厳しい内容もしっかり教えておいたほうがいいかもしれません。「必ず差別に遭うぞ」と不安をあおりすぎるのもダメだし、とはいえ差別がゼロでもないとき、部落問題をどのようにどれぐらい説明したらいいのか、けっこう迷いますよね。
  ちょうどいい具合というのは、たぶんありません。でも、たくさん調査をして、差別を受けた話や受けなかった話を聞いてきたので、その経験から、私だったら、こんな説明をするでしょう。
「これからの人生、差別に遭うことはまったくないかもしれない。ときどき、誰かが部落の悪口を言っているのを見たり聞いたりするかもしれない。ネットで差別的な書き込みをみるかもしれない。部落問題をよく知らない友達から、まとはずれな質問をされるかもしれない。もし、そういうことに出会って嫌な気持ちになっても、話を聞いてくれる人もいるし、一緒に怒ってくれる人もいるし、問題解決に向けて行動してくれる人もいると思うよ。悪口や書き込みというレベルでなくて、結婚に反対してくるとかひどい差別をする人に、たまたま、出会ってしまうこともある。その人から一方的にこちらが悪いように言われるかもしれない。でもそれは相手の方が間違っているということだけは覚えていてほしい」と。ものすごく差別をする人が当たり前にいるという時代から、たまに出会うという時代に変わってきたと思います。でも、好きな人の家族にそういう人がいるかもしれない。だから、「私が悪いんじゃない」「この子のせいじゃない」とキッパリいえる教育をすべての人にしておく必要があるのです。
 みなさんのなかには、部落差別をなくすために自分は何をしたらいいの?と思う人もいるでしょう。日本の社会がよい方向に変わってきたプロセスを眺めてみると、そのヒントが浮かんできます。
「部落だから避けよう」という行動パターンをとらない人が増えてきたことが、大きなポイントでした。「部落出身だから、会社で採用しないでおこう」「部落の子とは遊んじゃダメ」「部落の人とは結婚しない」「部落のある校区には住みたくない」、こういった、避ける行動パターンをダサいと思ったり、やめたりした人たちがたくさん出てきました。部落かどうかじゃなくて、実力で合格を決めたり、その人が好きだから結婚したり、気に入った土地だから住もうと決めたりした人が、実際に社会を変えてきました。また、ふだんの会話やネットで差別的な発言を見聞きしたとき「そーいうのアウト!」って言える人や、そこまではっきりとは言えないけどせめて同意はしない人が増えてきたからです。
 社会的マイノリティの問題は、しばしば、そのマイノリティたちががんばって解決する問題だと思われがちです。たとえば、講演会やシンポジウムで、マイノリティがしゃべったあと、それを聞きにきていた人が「すばらしいお話ありがとうございました。これからもがんばってください!」と励ますシーンをときどき目撃することがあります。がんばっている当事者もいるし、励ましも悪いことではないのですが「がんばってくださいちゃうやん!あんたもがんばれよ!!」と、ついツッコミを入れたくなります。差別問題の解決は、マイノリティの側(だけ)がすべきことではなくて、むしろマジョリティがどう行動するかにかかっています。
 
3 面接でのおかしな会話
 さて、ようやく「就職差別」に話を戻していきましょう。就職差別は、部落出身者だけが受けるわけではありません。例えば日本国籍を持たない人や、外国にルーツのある人、障害のある人など、他の社会的マイノリティにも起こりうることです。さきに述べたように、かつては母子家庭の子や婚外子もきびしい就職差別を受けていました。また、いわゆるマイノリティでなくても、大学で所属するゼミや親の入信している宗教が、就職差別の「理由」にされることもありました。
 ここで、部落出身者に対する就職差別の一例をあげてみましょう(実際に起こった例や行政の報告事例を組み合わせて作っています)
Aさんはアルバイトの面接にきました。ここまで、面接官の反応もよい感じでした。

面接官(以下「面」)「ところで、あなたのお住まいはどこですか?」
Aさん「〇〇町です(履歴書に詳しく書いてあるのに、なんで聞くんだろう)
面「ああ、〇〇か!」
A「は、はい(今の『ああ!』は、なんだろう……?)
面「駅から来ると、橋があるよね?その橋の向こう側ですか?こっちですか?」
A「向こうです、けど。橋の向こう側は問題あるのですか?」
面「いやね、詳しく聞くのは、通勤に便利かどうか知りたくてねえ」
A「あ、便利なとこだと思います。最近、新しい住宅地もできましたし」
面「君のとこはずっとそこに住んでるの?それとも新しい住宅地?そこ、戸籍の本籍のあるとこ?お父さんの仕事なにしてんの?」
A「え……? そうですね……生まれたのはここです。父はサラリーマンです(それ、僕のバイトに関係ある?)
面「ちょっと、家の周りの図、書いてみてくれてもいい?」

面接官は、ペンと紙を差し出しました。

A「はい(えらくしつこいな……でも言うこと聞かないと落とされるかもしれないし)

書いたものを面接官に渡しました。面接官は受け取った紙をしばらく眺め、それからパソコンの画面とそれを見比べています。

面「はい。ご苦労さん。これで面接を終わります」
A「え!?(え、えらく急に終わるんだな)
 さて、この例を読んでみて、どう思いましたか?面接者は、なぜそんなに詳しく住んでいる場所について聞きだそうとしたのでしょうか。
 ちなみに、これらの「住居とその環境に関する質問」は、聞かれても答えなくていい質問です。就職のときに聞いてはいけない不適切な質問とされています。部落かどうかを探ろうとする聞き方だからなのです。
 
4 就活で聞かれても答えなくていいこと
 就職に差別があったら、マイノリティはどんなに勉強をがんばっても安定した仕事につけません。努力して学校で優秀な成績をとっても、自分より成績の悪い子が就職で選ばれるとわかっているなら、勉強する気になんかなれないですよね。そんなことが当たり前の時代には、マイノリティの子のなかには「不良」になったり、学校をサボる子がいてもおかしくないですよね。学校も社会も、マイノリティの子どもがそんなふうになるようにしておきながら、今度は「マイノリティの子は悪くて怖いから、避けて当然。あっちが悪い」と、差別する言い訳につかいました。
 憲法では、「職業選択の自由」が保障されています。能力や、その仕事に向いてるかどうか(適性といいます)にあわせて、私たちは好きな仕事を選ぶことができるのです。でも「この子のお父さんは有名な政治家だから採用しよう」とか、「女子は結婚でやめるかもしれないから、正社員は男だけにしよう」とか、「この子は部落出身だから落とそう」といったような決め方をしていたら、「職業選択の自由」なんて、いくら憲法に書いてあっても意味がないですよね。
 「職業安定法」という就職のための法律にも「仕事は自由に選べますよ」と書いてあります(★2)。性別や社会的身分(部落問題はここに入ります)、門地(いわゆる家柄です)、これまでにどんな仕事をしていたかなどで、就職差別をしてはいけませんとも書かれています。そもそも差別につながるような情報は、最初から集めないように、とも言っています(★3)。
 就職のときに聞いてはいけない内容について、もっと細かく示しているものがあります。厚生労働省の「就職差別につながるおそれがある14事項」です(★4)。3章の会話のシーンで面接官が質問していたこと(本籍地、家族の職業、住宅の周辺の状況)も、この14項目に当てはまりますが、これらは、部落出身かどうかを探ることができるからです。
「14項目」では、その他にも聞いてはいけないことをあげています。まず、本人の能力と関係ないことがらです。育った家庭の環境とか、親の収入とか、家の間取りといったものです。面接で、おうちが戸建てかマンションか、大きな家なのか、部屋の数はいくつか、持ち家か賃貸住宅かと、まったく仕事と関係なさそうなことを聞かれて、しかもその答えによっては落とされるなんて、信じられないですよね。しかし、あなたの家族がお金持ちかどうかで合否を決める会社があるから、このような質問をしてはいけないとわざわざ言わないとダメなのです。
 次に、信じている宗教、応援している政党、尊敬する人、デモにいった経験、愛読書など、私たちが自由に信じたり行動したりしていいことも、聞いてはいけないことになってます。
「でも、愛読書を聞いたら、学生時代にどれぐらい勉強しているかわかるし、本人の能力を調べるために聞くんじゃないの?」「尊敬するビジネスマンの名前を言えたら、印象アップじゃないの?」という反応もあるかと思いますが、この質問の目的は、その本や人物をとおして政治的な考え方や信じている宗教を調べることなのです。そして、雇い主の気にいらない思想や宗教なら、落としてやろうというものです。
 政治的な考えや思想なんて、なんだか古めかしい印象があるかもしれません。また、そういうことにかんしてものすごく熱心に活動や運動をしている人、というイメージを持っているかもしれません。でも例えば、性の多様性を祝うパレードに参加したり、女性のことを考えるZINE(自主発行の雑誌)を作ったり、友達からまわってきたオンラインの署名にサインしたり、「外国人お断りとかおかしくない?」と思ってハッシュタグつきのコメントをするのも、今どきのかたちの社会運動といえます。だから、「応募してきた学生のツイッターアカウントを見つけたぞ。環境問題についてリツイートばかりしているぞ。私(面接官)の考えと反対だから落とそう」というのはダメですよ、ということです。
「14項目」の最後の3つには、やったらいけない「調べ方」について書いてあります。ひとつは、会社が応募してきた人の身の回りをこっそり調べる(身元調べ・身元調査といいます)ことです。学生のSNSをのぞき見して、社会問題について発言しているのを知って不合格にするのは、新しいかたちの身元調べだといえるでしょう。
 ふたつめは、会社オリジナルの履歴書やエントリーシートを作って、そこに聞いてはいけない項目を混ぜておくことです(★5)。3つめは、就活のときに健康診断をさせることです★6(健康診断をしなければいけないのは、入社が決まってからです)
「14項目」には、就活で聞いてはいけないことについてこれだけ詳しく書かれています。また、就活でおこりがちなのが、男女差別です。就活のときの男女差別についは「男女雇用機会均等法」という法律で禁じています。おもてむきは「男女差別してませんよ」というフリをして、女性ばっかり落としていた、なんてことがないように、この法律には抜け道を作らせないための「指針」があります。ズルがしこい人が考えそうなことを、先回りして「それもダメですよ!そういうの、あるあるですから!」と例を並べています。例えば、「ウェイトレス募集」もダメです。ウェイトレスは女性ですから、これは女性のみ募集しているのがバレバレです。「『身長170センチ以上、体重70キロ以上』と男性の応募者が多そうな条件を出す」というズルい例もあります。就活情報を男子にだけ送るとか、試験の合格点を男女で違うものにするとか、「結婚、出産したら、会社を辞めるのですか」という質問を女子だけにするといったことも例にあげられています。
「14項目」や「男女雇用機会均等法」など、就職差別をなくすための法律や取り組みはしっかりあるのですが、それでも現実には集めてはいけない情報を調べている会社はまだまだ多いのが現実です(★7)。多くの大学生の就活では、エントリー・シートによる応募スタイルに変わったことから、いままでの取り組みがそこでは守られていないという問題も出てきています。AI技術による新しいかたちの就職差別も生まれています。
 また、いままでの取り組みでは想定していなかった「新しい」就職差別の問題もあります。例えば、トランス・ジェンダーの就活や、高齢者の就職問題、履歴書の顔写真をなくすかどうかといった問題です。
 次回は、就職差別をなくす活動の歴史と、新しい就職差別の問題について述べていきたいと思います。    
                    <第4回「就職差別ってなに?(後編)」に続きます>
          
              
 
参考文献:
●厚生労働省「公正な採用選考の基本」
https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo1.htm
●厚生労働省「企業において募集・採用に携わるすべての方へ 男女均等な採用選考ルール 」
https://www.mhlw.go.jp/general/seido/koyou/danjokintou/dl/rule.pdf
●厚生労働省大阪労働局「就職差別につながるおそれのある不適切な質問の例」
https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/shokugyou_shoukai/hourei_seido/kosei/futeki.html
●日本労働組合総連合会「就職差別に関する調査2019」プレスリリース
https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20190515.pdf
全国大学同和教育研究協議会「全国大学同和教育研究協議会から全国の学生の皆さんへ」
https://yutan0571.wixsite.com/daigaku-kouseisaiyo
●西田芳正2013「若者の被差別経験」『部落解放研究』198号、部落解放人権研究所
●森等2015「近畿高等学校統一応募用紙の制定過程に関する実証的研究」摂南大学教育学研究 (11), 57-79,
●労働調査会2019「根強く残る応募者への就職差別 (Labor Radar(レイバーレーダー))」先見労務管理 57(1611), 31,36-38,労働調査会
 
注:
1969年から「同和対策事業特別措置法」という法律をつかって、部落の住環境の改善などがすすめられました。その頃、日本社会は高度経済成長期といってどんどん豊かにきれいになっていくのに、部落はそこから取り残されていきました。
 しかも、もともと条件の悪い土地に置かれているところが多かったのです。条件が悪いというのは、たとえば、水害に遭いやすいところです。川の合流地点にあったり、川の堤防の中だったり、堤防より低いところだったり、ゆるい斜面の低い方にあったり、沼や池のほとりであったりしました。大雨や台風が来ると、家が流されてしまうといったこともありました。また、井戸の水とトイレの水が混ざって、水が使えないということも、しょっちゅう起こりました。戦争のあと、日本がどんどん発展し、高度経済成長期といって、高層のビルが建ち、石油コンビナートができて、オリンピックがやってきて新幹線が走り、高速道路が伸びていった、そんな今の日本の姿がつくられていった時代です。
 いっぽう、部落の住環境をかえるためには、細い道路や古くて危ない家を全部壊して、地域全体をつくりかえないといけませんでした。国がそれをするためには、まず地域全体を「同和地区」という地域として指定してもらわなければいけません。それを全国に何千とある部落でしないといけないわけです。「同和地区」の認定を受けて、家を全部つぶして、道をひくところから全部つくりかえるためには、そのコミュニティに住む人々みんなから賛成をもらわないといけません。でも、なかには、お金持ちで立派な家に住んでいる人もいましたし、そんな大がかりなことをしたら部落であることが目立つから嫌だという人もありましたから、地域全体の了解をとりつけるだけでも、かなり時間がかかったようです。この法律は「時限立法」といって期間限定の法律でしたが、事業はなかなか思ったようには進まなかったようです。
 また環境をよくするだけでなく、子どもたちに勉強を教えるとか、大人によい仕事を探すといった取り組みもありました。子どもたちには、しっかり学力をつけて、高校や大学を出て、よい仕事を見つけて、貧しさから抜け出してもらう必要がありました。
 期間を延長したり別の法律を作ったりして、当初想定していたよりもかなり長い期間、事業はおこなわれました。長引くことに対する、部落の内外からの意見や批判もありました(例えば、延長を繰り返していたら、次の延長もあるだろうと期待してしまい、いつまでも予算が下りる気になって頼ってしまうからいけないといったもの)。長引くなかで、「あそこばっかりきれいにして」「部落の子だけ勉強みてもらって」「うちら、逆差別されてるわ!」という、部落を批判する新しい言い方が生まれました。
 そして1997年には、ある程度、住環境の改善や生活の安定化が進み、この法律は終了となりました(その期間にやりきれなかったもののために、それを終わらせるための5年の延長がありましたので、事業が完全に終わったのは2002年です)。ちなみに、この法律があるうちに住環境事業などをしなかった部落も全国に1000地区ほどあります。
 
2 職業安定法の第2条に、「何人も、公共の福祉に反しない限り、職業を自由に選択することができる」と書かれています。
 
★3 職業安定法第3条には「何人も、人種、国籍、信条、性別、社会的身分、門地、従前の職業、労働組合の組合員であること等を理由として、職業紹介、職業指導等について、差別的取扱を受けることがない。但し、労働組合法の規定によつて、雇用主と労働組合との間に締結された労働協約に別段の定のある場合は、この限りでない」と書かれています。そして、第5条の4項の1には、「公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(次項において「公共職業安定所等」という。)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない」とあります。
 5条の4項には、労働省からの「指針(平成11年労働省告示第141号)」が出されていて、そこでは「職業紹介事業者等は、その業務の目的の範囲内で求職者等の個人情報(以下単に「個人情報」という。)を収集することとし、次に掲げる個人情報を収集してはならないこと。ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでないこと。イ 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項、ロ 思想及び信条、ハ 労働組合への加入状況」と書かれています。
 
★4 厚生労働省は、「就職差別につながるおそれがある14事項について」という、就職のときのエントリーや面接などで、調べてはいけない・聞いてはいけない項目をあげています。
〔本人に責任のない事項〕
 1 「本籍・出生地」に関すること
 2 「家族」に関すること(家族の職業・続柄・健康・地位・学歴・収入・資産など)
 3 「住居状況」に関すること(間取り・部屋数・住宅の種類・近隣の施設など)
 4 「生活環境・家庭環境など」に関すること
〔本来、自由であるべき事項〕
 5 「宗教」に関すること
 6 「支持政党」に関すること 
 7 「人生観・生活信条など」に関すること
 8 「尊敬する人物」に関すること
 9 「思想」に関すること
 10 「労働組合」「学生運動など社会運動」に関すること
 11「購読新聞・雑誌・愛読書など」に関すること
〔採用選考の方法に関する事項〕
 12 身元調査などの実施
 13 新規大学等卒業予定者用標準的事項の参考例やJIS規格の履歴書(様式例)に基づかない事項を含んだ応募用紙(社用紙)の使用
 14 合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施
 
5 就職差別につながる質問を載せていない履歴書や、参考例があります。
 中学を卒業して就職する人は、「職業相談票(乙)」を使います。高校を卒業して就職する人は、「全国高等学校統一応募書類」を使います。大学で就活をする人は、コンビニなどで売っているJIS規格にもとづいた履歴書や、「新規大学等卒業予定者用標準的事項の参考例」にもとづいた履歴書を使います。
 
6 もし、企業が違反していたら、行政から指導や改善命令を受けます。さらに改善命令に従わなかったら、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科せられることがあります。
 
7 日本労働組合総連合会「就職差別に関する調査2019」全回答者(1000人)によれば、「採用選考で戸籍謄(抄)本の提出を求められた」19% 、「採用選考で健康診断書の提出を求められた」49% というように、採用選考で必要のない書類の提出を求めている企業がかなりの割合で存在することがわかりました。
 また、「本籍地や出生地」(56.4%)、「家族構成」(35.9%)、「住居や資産状況」(21.8%)、「自宅付近の略図や居住環境」(19.9%)、 「家族の職業・収入」(15.8%)といった本人に責任のない事項や、「尊敬する人物」(12.3%)、「労働組合や市民活動についての見解や加入経験」(7.2%)や「思想信条」(6.5%)、「支持政党」 (4.0%)、「宗教」(3.6%)といった本来自由であるべき事項についての違反も非常に多いことがわかりました。
 
 
 

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著者略歴

  1. 齋藤 直子

    1973年生まれ。大阪市立大学人権問題研究センター特任准教授。博士(学術)。専門は、家族社会学と部落問題研究。主な著作に『結婚差別の社会学』(勁草書房、2017年)、『入門家族社会学』(共著、新泉社、2017)など。

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