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感染症モデルと社会 ――STS(科学技術社会論)への誘い

第3回 世界の感染症STS(最終回)

科学の活動をめぐるさまざまなダイナミズム――生成や変容、あるいは固定――を社会科学の視点から明らかにするSTS(科学技術社会論)という研究領域がある。今回の連載では、新型コロナウィルス感染症の対策にも使われ議論を呼んだ「感染症数理モデル」をとりあげ、STSというレンズが何を映し出すのかを紹介してみたい。

 

世界の感染症STS

  2020年に生じた新型コロナウィルス感染症の世界的流行はいまだに大きな混乱を招いている。今後もしばらくは、感染拡大を防止し、かつ、社会のシステムを維持していくための模索が続くだろう。研究の世界でも、医学、自然科学、工学、人文社会科学の諸分野がこの問題に総出で取り組み始めている。もちろんSTS(科学技術社会論)も例外ではない。今回のコロナ禍においてテクノロジーと社会との関係性を検討する研究が多数、登場すると思われる。

 コロナの流行が始まる前は、感染症モデルのSTS研究はマイナーであったと述べた(第1回参照)。それは国際的な場面でも同様である。とはいえ、感染症課題を扱う研究がまったく皆無だったわけではない。筆者は、2019年にアメリカのニューオーリンズで開かれた国際学会に参加し、感染症数理モデルの日台比較研究を発表したが、このとき、同じような関心をもつ研究者の発表を聞く機会にも恵まれた。それらはコロナ禍の前の話であるし、それぞれの事例で登場していた病気の種類や地域も異なる。しかし、複数の研究に共通するような論点も多く、それは現在のコロナをめぐる社会的課題を考えるうえでもヒントになると思われる。最終回となる今回は、2019年に報告されていた世界のSTS研究の事例を紹介し、最後にSTSの問題設定について触れてみたい。 

サルモネラ菌から保険システムまで:国際科学技術社会論学会の議論

  STSの学術コミュニティでは、国際科学技術社会論学会(Society for Social Studies of Science; 通称4S)がもっとも規模が大きく有名である。4Sに参加する研究者のバックグラウンドは非常に広く、生物学、化学から、文化人類学、経済学、歴史学、哲学、等々が含まれる。2019年の年次大会では1,899件の参加登録があり、1987年に設立されて以来、過去最多の参加者数であったようだ。学会の規模が大きくなると全体像は把握しにくくなる。それでも何年かぶりに覗きにいくと研究の潮流が分かって面白い。たとえばナノテクと社会を扱った報告は数年前には盛況であったものの、このたびの学会では見つからず、代わりにAIによる労働代替問題や、新しいフードシステムのテーマが賑わっていた。 

 この学会の特徴は、発表にオープンパネル方式を採用しているところにも表れている。オープンパネル方式では、まず希望する研究者(研究グループ)がセッションを企画する。その後、ほかの研究者が企画の内容を閲覧し自分の研究テーマに合うセッションに応募する。企画者に採択された研究者がパネルとして参加し、それぞれ口頭発表を行う仕組みである。テーマのユニークさを保ちつつ、知らない研究者同士でも発表のためのグループを作ることができるもので、学際的な領域にふさわしい発表形式のように思う。 

 数あるパネルの中で筆者が参加したのは、「ヘルスケアのモデリング」のセッションであった。ヘルスケア(健康管理)のモデリングは、人口動態のモデリングを土台におき、19世紀の誕生から現在にいたるまで、将来を予測するための有用なツールとして期待されてきた。ヘルスケアというくくりなので、厳密には感染症問題だけを取り扱うわけではない。健康情報のデータベース化なども含まれる。当日のセッションでは、エボラ出血熱(エチオピア)やブルセラ症(注1)(ペルー)など、ある特定地域の事例報告に加え、疫学の歴史や、イギリスの保険システム、国民の健康データベースの構築を論じた発表、さらには現場の医師からの報告などもあった。 

 面白かった発表の一つは、ペルーにおける人獣共通感染症のフィールドワークである。人獣共通感染症には多くの環境要因――たとえばゴミ処理システムや、水路の衛生管理――も複雑にかかわっている。それらを含むようにモデリングが試みられる。しかし、モデルの内容が複雑になればなるほど、使う側はモデルや数値の意味を理解せずに参照するようになる。さらには、こうした環境要因を含むモデルがあっても、現場で対策を講じる側は環境要因に目を向けるのではなく、結局は、操作しやすい対象への介入(ペットへのワクチン接種など)に流れてしまったという。 

 ほかにも、サルモネラ菌から引き起こされる食中毒の管理の事例研究(スウェーデン)も印象に残っている。この事例で鍵となっていたのは、Shoe-leather epidemiologyと呼ばれる足を使った地道な疫学調査と、検出された細菌のゲノム情報をもとにする調査との、制度的な乖離であった。感染者個人を追跡し、どこからどこに移動したのかまで細かく調べるShoe-leather epidemiologyに対して、ゲノムによるアプローチは抽象的に可視化されたデータの類似性に注目する。さらに、これら異なる二つのアプローチを管轄する専門機関が異なっているので、二つの接続には、機関同士の交渉がともなうという報告であった。

 セッションでの発表は地域やテーマも異なっていたわけだが、共通する論点も多く見いだせる。一つは、身体への選好、すなわち、モデルが示す包括的な対処よりも、感染者(感染した動物)という個別の身体への追跡や介入・検査が社会の中では求められやすい点である。それは、単純に科学の問題というわけでもなく、社会の問題というわけではない。モデリングを行うとき、複雑な世界のドメイン(部分領域)をどう切り出すかについては科学の中でも違いが生じる。こうした中でドメインの統合ができなければ、それまでに確立された慣習や対策が好まれやすいのである。これと関連して、「制度の固定化」も共通する論点だった。感染症課題の対策には、医学、疫学、数理科学等複数の専門性が必要なのであるが、専門性がそれぞれ別のものとして既存の制度と結びつけられると、うまく協働しにくい。他方、筆者の調査では見えていなかったが、セッションの発表で共通していた話題に、軍というアクターの役割がある。数理モデルを活用するのは、政治家ではなくむしろ軍隊と論じるものもあり、この点なども深めていくと興味深いと思う。 

STSの問題設定

  発表が終わった後、同じセッションに出ていたイタリアの研究者らと話をしたのだが、このとき、「感染症STSに関しては、社会科学者としての立ち位置が難しい」ことが話題になった。STS研究では、科学と社会のダイナミズムに対して分析的(クリティカル)な視点をもつ。啓蒙的な姿勢――なにかしらの科学・テクノロジーが素晴らしいので導入すべきといったような主張――は基本的にとらない。しかし、感染症の数理モデルに限っては、「感染症にかかわる数理モデルは(有用のように見えるが)なぜか使われない、そしてその理由は何か」という、ややもすればモデルに支持的な問題の立て方になる。繰り返し述べているように、モデルがなかなか実装にいたらないことがこの問題の特徴であるからだ。それをほかのSTSの議論にどう位置付けるべきかが難しいと話したものだ。すくなくともセッションに参加した研究者らはこのような問題意識を共有して議論を進めていたように思う。 

 しかし、コロナ禍のさなかにある今、状況は大きく変わっている。現在は、感染を制御することの難しさゆえ、さまざまな議論や批判が登場している。そもそも「感染症対策のために数理モデルが有用なのか、否か」、それ自体も紛糾するテーマとなった。2019年のSTSでは、(感染症課題の)「数理モデルの有用性」はゆるやかに前提とされ、「モデル化を阻む社会領域の分断」が問題化されていた。2019年には前提にすることができた「数理モデルの有用性」が、コロナ禍を経験した2020年には疑うべき、あるいは、主張・称揚すべき対象として前面に出てきて、「モデル化を阻む社会領域の分断」は背景になってしまったといえる。問題化が生じるとき、一つの観点からの問題化が強まるほど、別の側面を見えにくくさせる。しかし、STSをはじめとした社会科学の課題は見えにくくなる側面の掘り起こしを続けることにもあろう。コロナ禍の中、地味で見えないデータのインフラの特性(重要性)や、社会の意思決定のありかた、そしてその両者がいかに関係しあっているかをあらためて見直していくことが必要なのだと思う。 

 

 STSは、社会の動きを理解しようとする。誤解されることも多いが、STSという研究領域は、科学の正当化をサポートすることを目的とするわけでもなければ、逆に科学の活動を批評することが目的でもない。見ているのはやはり社会であって、筆者は、「社会のよく分からない新しい動きに言葉を与えようとする」(のが社会科学だ)という説明を、ときどき、インタビュー相手の専門家に伝える。 

 刊行準備中の『ワードマップ 科学技術社会論(STS)(仮)』でも、社会科学としてのSTSというメッセージを明確に打ち出している。鍵になるのが概念であり(第2回参照)、章立ても「自然」「境界」「過程」「場所」「秩序」「未来」「参加」(全7章)と、概念をベースとした編み方となっている。もやもやとした科学と社会の関係性がこうした概念のレンズを通すことで像を結び、多少腑に落ちるかもしれない。あるいは、より世界が混沌となったり、新しいレンズが出てきたりするのもまた期待されるところだ。

  

 ここまで3回のエッセイを通じて、感染症課題にSTSから接近するとどうなるか、一つの姿を紹介してきた。自然科学者と社会科学者の並び方、実践という表現形態、など話題は残っているが、どんどん個人的関心に近くなるのでこのあたりで区切りとしたい。読者の皆様にはお付き合いいただき感謝申し上げる。ありがとうございました。 

 


(注1)ヒトと動物の共通感染症.の一つ。ウシ、ブタ、ヤギ、イヌおよびヒツジの感染症であるが、原因菌がヒトに感染して発症する。

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著者略歴

  1. 日比野 愛子

    (ひびの あいこ)科学の現場である実験室に関心を持ち、どのような人・モノ(道具)の動きが生じているのかをフィールドワーク等を通じて探究してきた。一見みえにくい「道具をつくる人々」に関心がある。感染症モデルのほかにはバイオテクノロジー関連領域への調査経験が長く、近年では地方部のローカルテクノロジーにも触れている。他方、科学をとりまく社会心理の側面として、培養肉など新興科学技術の意識調査を実施してきた。科学の外側、内側、どちらにしても、データをもとに探索的に物事を明らかにしていく姿勢を好む。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了、博士(人間・環境学)。現、弘前大学人文社会科学部准教授。専門は、社会心理学、グループ・ダイナミックス(集団力学)、科学社会学。
    HP:http://www.fibonacci-ah.net/

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