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木下寛子「学校の時間」

はじめに:学校のための時間

 九州北部の小さな小学校に、私は週に一度くらい、自転車で通っている。大きな道路をずっと進んで大きな川を渡り、海風に逆らいながら山裾の道を走り抜けたところに、その小学校の校舎は見えてくる。校舎の前の校庭のぐるりは、春にはシロツメクサの草原のようになり、夏には校舎の陰にスズメやネコが涼みにやってくる。秋冬になると、今度はヒヨドリたちが、ちょっとでもおいしいものがないかと期待して、花壇や畑に舞い降りる。

 その学校には、教育学に関する演習の一環での見学で、学部の先生に率いられて初めて訪れた。大学2年生の5月のころだった。ぞろぞろ廊下を歩いて教室を覗くと、どのクラスでも先生が黒板の前に立ち、子どもは席について教科書を広げ、ノートに何かを書いていた。学校の風景は、ほんの数年前まで高校生だった私たちにとってはさほど珍しいものでもなければ、懐かしさを感じるほどのものでもなく、なんとなく通り過ぎていってしまうものだった。ただ、渡り廊下を渡るとき、海が開けて見えてくるのはとても新鮮で、学生の私は歓声を上げた。連れてきてくれた学部の先生は、「海が見えるの、いいでしょ」と、まるで自身の母校のことのように自慢げに言った。そして遠くの海に目をやって、先生はさらに続けた。

 

――ねえ、全国のどこにだって小学校はあるよね、だけど、校舎から海が見える小学校はそんなにたくさんはない。そんな小学校で毎日勉強したり遊んだりしているのは、どんな感じなんだろうね。

 

 その言葉に、私は何かはっとさせられ、海がいつも見えている学校生活に思いをめぐらせてみようとした。直前に、私はその珍しい光景に驚き、歓声を上げた。しかし、子どもたちにとってのその風景は、見慣れたものであるはずだ。海が見える小学校で過ごす毎日の経験とはどのようなものなのか。どんなに頑張って想像してみても、私にはそれをうまく思い描くことができなかった。そして、何気なく通り過ぎてしまったたくさんの教室に、実は大事なものが見え隠れしていたのではないかと思われてきて、走って引き返したいような心地がした。

 このささやかながらももどかしい経験は、小学校の場を経験しなおしてみたいという思いを猛烈にかきたてた。だから、この小学校に連れて行ってくれた先生が「例の小学校に、毎週お手伝い(ボランティア)に行ってみませんか、できれば長期的に」と声をかけてくれたときには、一も二もなく「行きます!」と即答していた。

 それから1か月の間、この先生は小学校に行くことになった学生たちに、ボランティアとしての大事な心がまえをたくさん授けてくれた。その心がまえはどれも、つまるところは小学校で過ごす機会を大事にするように、ということにつながっていた。

 

――あなたたちはこれから、学生として小学校で過ごす機会をいただくことになる。だからあなたたちは、学校が(あるいは教育が、子どもたちが)本当に必要としていることを学びとって、しっかり考えて動きなさい。

 

 そのためだろうか、事細かな指導を受けることはほとんどなかった。そのなかで唯一、具体的にもらった指示は、とても単純でごく基本的なことだった。それは、小学校で過ごすためのまとまった時間を確保するということである。

 この「ボランティア活動」は一風変わっていた。学生が小学校で何をすることになるのかは、あらかじめ決まっていなかった。学生はとにかく学校に行き、何をすることがその場にとって本当によいことなのか、学校に対して自分たちにできることが何なのかを考えながらその場で過ごすように促された。大雑把に言えば、学校に行って過ごすということ自体を「ボランティア」と呼んでいたのである。

 子どもたちは学校で、朝から夕方までの長い時間を毎日過ごしている。先生たちは子どもたちが登校するよりもずっと早い時間から学校に来て、子どもたちが下校したあとも、夜遅くまで学校に滞在している。一方の学生には、大学生活があり、サークルや部活があり、アルバイトがある。だから当然、学生が学校でのすべてにつきあうことは、まず不可能だと言ってもよかった。それでも学生が学校に本当の意味で何か資する者になろうとするならば、少しでも子どもたちや先生たちと時間を共にする努力をすることからはじめるしかない。

 当時の私は、指示に込められたこのような意味もまったくわからないまま、毎週朝から昼までの少なくとも半日の時間を空けて、小学校に通い始めた。小学校のなかで私なりに過ごせるようになるまでには、その後、約半年の時間がかかったが、そのころには、この一風変わったボランティア活動への誘いが、実は「学校のフィールドワーク」への誘いだったこともわかり始めていた。そして「時間の確保」の意味もつかめるようになっていた。自分の時間を学校のために確保することは、子どもたちや先生たちと「学校の時間」を共にするための「身支度」そのものなのである。

 大学では、4月と9月に生活のリズムが大きく変わる。そのため、学校のフィールドワークを続ける限り、半年ごとに「身支度」を整えなおすことが必要になる。今年度も、毎週少なくとも半日の時間を学校のための時間として工面することができた。あとはいつも通り、自転車を走らせて海風さえ切り抜ければ、きっとまた子どもたちや先生たちと「学校の時間」を共にすることができるはずだ。

 身支度は整った。海の見える小学校で過ごす「学校の時間」はここからはじまる。

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著者略歴

  1. 木下 寛子

    きのした ひろこ
    神奈川県横浜市生まれ、山口県育ち。九州大学教育学部卒業、九州大学大学院人間環境学府博士課程単位修得退学。2017年に学位論文「小学校の日々から始まる雰囲気の解釈学現象学」で博士(人間環境学)(九州大学)。現在、近畿大学九州短期大学准教授。専攻は環境心理学。学部2年次からのフィールドである小学校での経験から、雰囲気や風土、学校の世界を問うことを研究の主題にしている。主要論文に「雰囲気が言葉になるとき」(質的心理学研究、2017年第16号)、単著に『出会いと雰囲気の解釈学――小学校のフィールドから』(九州大学出版会、2020)。分担執筆に、「マイクロ・エスノグラフィー:私たちが生きる世界を訪ね直す方法」(木戸彩恵・サトウタツヤ 編『文化心理学――理論・各論・方法論』ちとせプレス)、「異人の目」「研究日誌」など5項目(能智正博 編集代表『質的心理学辞典』、新曜社、2018)など。『学校における自殺予防教育プログラムGRIP―グリップ―』(川野健治・勝又陽太郎 編、新曜社、2018)ではGRIPのカード教材「KINO」のイラストのほか書籍の装画・挿画も担当。

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