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生きる力を育む包括的性(セクシュアリティ)教育――「寝た子を起こすな」の過ち――

近日ニュースの見出しとなっている性に関する数々の課題――同意のない性交を含む性暴力、緊急事態も含む避妊方法のアクセスへの壁、若い女性の望まない妊娠、乳児の死体遺棄事件、同性カップルの権利取得の試練、同性愛者のアウティング、トランスジェンダーへの差別。

これらの課題に共通する対策の一つとして、性に関する理解を包括的に深めることが挙げられる。ここでの「性」は、「セックス」という狭義ではなく、ジェンダー、変わりゆく社会的規範や価値観、法律や政策、多様性、健康、権利、人間関係などをすべてひっくるめた「セクシュアリティ」を指す。

ここでは、包括的性(セクシュアリティ)教育とは何なのか、なぜ大切なのか、そしてそれが怠られた場合どうなってしまうのか考えたい。

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個人的なきっかけと学び

私はパブリックヘルスの分野でフリーランスの個人コンサルタントとして働いている。昨年までオランダ外務省が出資したオランダ科学研究機構(NWO)のバングラデシュ、ブルンジ、ヨルダンにおける、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス & ライツ(SRHR)に関する学術研究プロジェクトに携わった。このプロジェクトでは、これら三国における若者たちのSRHRがどのようにすれば向上されるのかが問われた。そして学術研究の成果を、各国において政策立案者や医療保健関係者、若者たちに効果的に伝え、話し合うことがなされた。この仕事をとおしての出会いによって、私は目を覚ますことになった。

鉛筆やノートといった、最低限の教材すら揃わない乏しい資源と貧困の中、自分の生徒たちがどのような知識を持てば、望まない妊娠を避け、学校に通い続けることができるのかを手探りするブルンジの学校教師たち。

同性愛者であるがために殺されてしまったバングラデシュのLGBTQ活動家。

参加型アクションリサーチにより、自分は若い女性として、早期結婚の研究に自分の足跡を残すことができた、そしてシリアの女性が参加し、問題の解決策を自分たちで見つけることができた、と誇らしく語ったシリア難民の若い女性。

障害を持つ自分の娘のために、そして同じく障害を持つその他多くの若者たちのために、必要なSRHRの情報と保健サービスが提供されるよう、そして安全に自立できるよう、たゆまない活動を続けるウガンダの母親。

きっとあまり発言できないだろうと見くびっていた国の関係者を圧倒し、大きな会場で情熱的に、自分たちはSRHに関して何を必要としているのか、それはどのような具体的な推奨事項につながるのか声を上げたヨルダンの若者たち。

いくらオランダ政府がSRHRの研究に出資しても、いくら米国や欧州の著名な大学教授たちがそれらの研究を行っても、それぞれの国でSRHRの望ましい変化が起こるためには、その国のNGO、政策立案者、医療保健サービスの提供者、研究者、両親、教師、そして何よりも若者たち自身がその変化を求め、起こす必要があった。外圧は触媒にはなれても、真の変化そのものにはなり得ない。変化は内から起こらなければならなかった。

「SRHRは社会の変革なのです。」

プロジェクト最後の会議で、幾度か繰り返された言葉だ。私はそれを目の当たりにしたのだった。

このプロジェクトは、私にとって、日本のSRHRの現状について個人的に調べるきっかけともなった。パブリックヘルスに関わる日本人として、日本のSRHRの現状に関して今まで無知であり、また何一つしてこなかったことに気づかされ、恥じ入る経験となったことを、自戒の念を込めてここに正直に記すべきだろう。

 

時代に沿い、若者が求め、若者に響く性教育とは?

バングラデシュのBRAC大学パブリックヘルス大学院のサビーナ・ラシード教授・学長のグループは、前述のオランダ科学研究機構から助成金を受け取った団体の一つだ。彼女たちの手掛けるプロジェクトは、若者たち自身が深く関わり、貢献し、その成果は一流の研究論文だけにとどまらず、しっかりと実用的な形で当事者たちに還元される。

バングラデシュでは学校で行われる性教育がごく限られており、若者は自分の性や体について十分な情報を得られていない。知識や情報をネットなどからかき集めようとしても、それは多くの場合、ばらばらで混乱し、時に矛盾している。さらに、性の話題に対するタブーや恥という、抑圧された文化もこの無知の一因となっている。そのような点に着目し、ラシードらは漫画の冊子やビデオなどを若者たちの資料となるよう作成した。

例えば「作り話を暴こう」と題した冊子は、性に関する十のよくある誤解について、イラストと補足説明を使い、一つ一つ解いていく。「作り話」は、「ポルノ映画からどうやってセックスをするのか学べる」、「女子がセクハラを受けたらそれは彼女の責任」、「夫はいつでも自分が好きな時に妻とセックスできる」、「女性は自分の性的な欲求を露わにすべきでない」、「同性愛は精神障害である」などが含まれる。

 

 

出典:BRAC James P Grant School of Public Health, Centre of Gender and Sexual and Reproductive Health and Rights

 

ラシードら研究者たちは、多数の若者たちと直接かつ(アプリに寄せられた質問などを通して)間接的に対話し、彼女ら、彼らの声に耳を傾けた。抽象的な性に関する議論や解剖学的な性の知識よりも、若者たちは役立つスキルについての情報を渇望していた。どのようにコンドームを使うのか、どのようにサイバーハラスメントから身を守れるのか、自分の体について心配があるときに、まず向かうべき場所はどこか、飛び交う様々な情報の中、何が真実なのか、何が虚偽なのか――それが彼女ら彼らの知りたいことであった。

研究者たちは、分析した質問の中でも特に多く見られた、男性の性に関する健康について(たくさんの質問は若い男性から寄せられていた)、そしてサイバーハラスメントの対処方について、それぞれ医師や弁護士などの専門家と内容を確認し、漫画家と協力して若者向けのビデオを作り、YouTubeに公開した。若者にとって安全な場所を作ったうえで、若者が、どのような情報を求めているのかを調査し、それに対して専門知識に裏付けられた、役立つ解答を用意し、ユーモアや俗語も取り入れて、若者に受け入れられやすい形で伝える、ということを成し遂げた。これが、時代とともに変貌を遂げるべき包括的性教育の在り方なのだろう。

若者たちが最もよく自分たちの必要としているものを分かっている。性に関する稚拙でぎこちない退屈な文書など、彼女ら、彼らには響かない。その国、文化、社会、時代に合う形で、若者自身の共通する言葉で、自分たちの知りたいこと、考えたいこと、語り合いたいことを若者たちが望む形で提供しなければ受け入れられない。

これらの教訓は日本を含めた他国でも、そのまま当てはまるのではないだろうか?

 

包括的性(セクシュアリティ)教育(Comprehensive Sexuality Education CSE)

そもそも包括的性(セクシュアリティ)教育とは何だろう。「セクシュアリティ」は、「セックス」よりもずっと広義であり、人の誕生から死まで関わる性の概念である。一生をかけて私たちに関わるものだ。国際家族計画連盟(IPPF)によると、包括的性教育の七つの重要な要素は以下のとおりだ[i]

1)ジェンダー:生物学的な性に対して社会的・文化的・心理的に作られる性としてのジェンダー、社会の変化する規範と価値観など

2)性と生殖の健康とHIV:性とライフサイクル(思春期、更年期障害、偏見、性的な問題など)、解剖学、生殖過程、コンドームの使い方、他の避妊方法(緊急事態を含む)、妊娠、合法で安全な中絶、安全でない中絶、HIVを含む性感染症など

3)性の権利と性の市民権:国際人権と国の政策の知識、性と生殖に関する法律と構造、障壁、利用可能なサービス、多様で流動的なセクシュアリティ、性的同意、安全で健康で楽しい方法で自分のセクシュアリティを自由に表現・探求する権利など

4)快楽:若者のセクシュアリティについて前向きであること、セックスは合意に基づいて楽しむ行為であること、セックスは単なる性交行為よりも奥深いこと、セクシュアリティは全ての人にとっての健康で普通の生活の一部であること、快楽にまつわる恥辱の存在など

5)暴力:ジェンダーに基づく暴力、合意に基づかないセックス、許容されない行為、権利と法律、利用可能なサポートオプションと助けの求め方、護身方法、加害者と被害者の関係、性暴力サバイバーのケア、被害者を加害者にさせないための防止など

6)多様性:宗教、文化、民族、社会的地位、障害、性的指向などの多様性についての理解と前向きな見方、差別の認識、平等の信念など

7)人間関係:様々な人間関係のあり方、親密さ、健全・不健全・強引な関係とその見分け方、権利と義務、仲間からの圧力と社会規範、誠実性、コミュニケーション、愛とセックスは異なることなど

学校において行われる包括的性教育は、保護者や学校外のトレーニング機関、若者向けサービスなどの関与で補完されなければいけない。親と子どもの関係は子どもの性に対する態度や行動に深く影響することがわかっている[ii]。包括的性教育は、社会とともに絶えず進化するものだ。個人が自分と他人と対話し、経験し、考え、学んでいくのを手助ける。それは生涯にわたって続く。さらに、包括的性教育は、社会を変えていく源にもなり得るのかもしれない。

 

「寝た子を起こすな」は間違っている

日本では「寝た子を起こすな」、すなわち、子どもに性的好奇心を喚起させるような情報をわざわざ与えるなという意味で、性教育を否定する声が根強くある。

UNESCO(国際連合教育科学文化機関)は、WHOやUNICEFやUNFPAなど他の国際機関との共著で、(性を問わずすべての)青年への包括的で正確な、年齢に応じた性に関する情報と教育の提供を提唱している[iii]。包括的性教育は、性行為を早まらせたり危険な性行動につながったりはしない。むしろ性的な活動を遅らせたり、コンドームや避妊法の使用率上昇に貢献することが明らかになっている[iv]

近年も引き続き数々の研究が、世界各地域、各国で、質の高い包括的な性教育の肯定的な効果を確認している。そしてこれらの研究は同時に、避妊やコンドームについての情報を与えない禁欲主義・純潔主義の性教育は効果がないか、逆に望まない妊娠や性病感染の確率上昇を伴う、否定的な影響を与えることを明らかにしている[v],[vi],[vii],[viii]

2000年代になって間もない頃、日本では、性器の名称を小学校で、性交や避妊法などを中学校で教えることが「行き過ぎた指導」「過激な内容」等と批判され、学校における性教育が問題となった。国会でも取り上げられ、いわゆる「性教育バッシング」が起こった後、学校における性教育にはブレーキがかかり、以後10年ほど低迷した[ix]

2003年7月、知的障害をもつ児童を生徒とする都立七生養護学校で起きた事件[x]が、日本の性教育が委縮するきっかけになったと言われる。行われていた性教育の授業内容が不適切であるとの非難を受け、東京都教育委員会が当時の教職員に対し大量処分を行った。2003年の9月から12月にかけて、都教委は七生養護学校を含む都立障害児学校の管理職及び教職員の総勢195名もの大量処分の発令を行ったのだった。過酷な生育歴を持ち、心に傷ついた子どもたちを中心に据えて作られた教育目標やカリキュラム、限られた資源を有用し、子どもたちの発育のために創意工夫された教育活動の実践、その七生養護学校をターゲットにした都教委と一部のマスコミによる「視察」と教材の「押収」と「事情聴取」、七生養護に対する攻撃の背景などは、七生養護学校元校長の金崎満氏の著書に詳しい[xi]

皮肉にも、七生養護学校の「こころとからだの授業」として行われた性教育の内容、障害を持つ子どもの保護者と教師たちが、子どもたちのニーズを理解し、話し合い、信頼関係を築いた上で取り組み、専門家も交えたうえで勉強を重ねて作っていった授業の在り方、障害を持つ子どもの性という難しく、しかしけっして避けては通れない課題と真摯に向き合い、取り組む姿勢――すべてが、まさに包括的性教育のあるべき姿だったのだ。

障害者、特に若い障害者は、世界のどこでも、障害を持たない者と比べて性暴力の被害に合いやすいことがわかっている。例えばアメリカでは障害者は男女ともに性暴力被害のリスクが障害を持たない者よりも高く[xii]、カメルーンでは女性障害者のレイプ被害とHIV感染のリスクが障害を持たない女性よりも歴然として高かったことが報告されている[xiii]。それだけ脆弱なグループだからこそ、保護者と関係者たちが支え、彼らに適した性教育を行い、守る必要があるのだ。それがこのような形で踏みにじられ、七生養護学校の生徒と関係者たちは、罰せられた。そしてこの事件から派生した性教育の萎縮により、全国の生徒たち、そして子どもたちのために真剣に考え、行動をとるべき大人たちが影響を受けた。

性教育バッシングの結果、日本はどうなったのだろうか? 実際、七九カ国で、妊娠しようとしている女性、および男性の合わせて一万人以上を対象に行われた調査によると、妊娠と不妊に関しての知識は、日本が最下位を争った[xiv]。包括的性教育の欠如は、性についての知識と理解を持たない新しい世代の大人を生む。そして性に関する恥の文化、沈黙、誤解がさらに次の代へ受け継がれてしまう。

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包括的性教育は体を守り、生き延びるためにだけではなく、自分が自分であり得るために、尊厳を保つために、各々が望む人生を歩むために必要不可欠なのだ。

だからこそ古今東西にわたって人々は、時に自分の命を懸けてまで、性暴力を訴え、望まない妊娠を中絶し、LGBTQの社会活動をし、自分の心と一致する体を手に入れ、愛する人と一緒にいられるように、闘ってきたのではないだろうか?

それだけ生きることそのものと密接な関係にある、根源的なセクシュアリティ。それについて、体と心の著しい変化を遂げながら将来について模索している若者たち一人一人が学び、話し合い、考える権利を奪うことこそ、本当の罪なのではないだろうか?

赤地葉子

 

[i] IPPF. 2006 (Updated 2010). IPPF Framework for Comprehensive Sexuality Education (CSE) https://www.ippf.org/sites/default/files/ippf_framework_for_comprehensive_sexuality_education.pdf

[ii] Widman L, Choukas-Bradley S, Noar SM, Nesi J, Garrett K. Parent-Adolescent Sexual Communication and Adolescent Safer Sex Behavior: A Meta-Analysis. JAMA Pediatr. 2016 Jan;170(1):52-61. doi: 10.1001/jamapediatrics.2015.2731.

[iii] UNESCO 2018. International technical guidance on sexuality education: an evidence-informed approach https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000260770

[iv] Kirby DB, Laris BA, Rolleri LA. Sex and HIV education programs: their impact on sexual behaviors of young people throughout the world. J Adolesc Health. 2007 Mar;40(3):206-17. doi: 10.1016/j.jadohealth.2006.11.143.

[v] Fox AM, Himmelstein G, Khalid H, Howell EA. Funding for Abstinence-Only Education and Adolescent Pregnancy Prevention: Does State Ideology Affect Outcomes? Am J Public Health. 2019 Mar;109(3):497-504. doi: 10.2105/AJPH.2018.304896.

[vi] Shepherd LM, Sly KF, Girard JM. Comparison of comprehensive and abstinence-only sexuality education in young African American adolescents. J Adolesc. 2017 Dec;61:50-63. doi: 10.1016/j.adolescence.2017.09.006.

[vii] Santelli JS, Kantor LM, Grilo SA, Speizer IS, Lindberg LD, Heitel J, Schalet AT, Lyon ME, Mason-Jones AJ, McGovern T, Heck CJ, Rogers J, Ott MA. Abstinence-Only-Until-Marriage: An Updated Review of U.S. Policies and Programs and Their Impact. J Adolesc Health. 2017 Sep;61(3):273-280. doi: 10.1016/j.jadohealth.2017.05.031.

[viii] Fonner VA, Armstrong KS, Kennedy CE, O'Reilly KR, Sweat MD. School based sex education and HIV prevention in low- and middle-income countries: a systematic review and meta-analysis. PLoS One. 2014 Mar 4;9(3):e89692. doi: 10.1371/journal.pone.0089692.

[ix] 西岡 笑子 わが国の性教育の歴史的変遷とリプロダクティブヘルス/ライツ 学術研究からの少子化対策―日本衛生学会からの提言に向けて 日本衛生学雑誌 2018 年 73 巻 2 号 p. 178-184 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjh/73/2/73_178/_article/-char/ja 

[x] 小川たまか 義務教育で性交を教えないのは「性的同意年齢13歳」と矛盾しませんか(七生養護学校事件を振り返りつつ)2018年3月28日 https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20180328-00083247/ 

[xi] 金崎満 「検証 七生養護学校事件 性教育攻撃と教員大量処分の真実」 群青社 発行 星雲社 発売 2005年初版発行

[xii] Basile KC, Breiding MJ, Smith SG. Disability and Risk of Recent Sexual Violence in the United States. Am J Public Health. 2016 May;106(5):928-33. doi: 10.2105/AJPH.2015.303004.

[xiii] De Beaudrap P, Beninguisse G, Pasquier E, Tchoumkeu A, Touko A, Essomba F, Brus A, Aderemi TJ, Hanass-Hancock J, Eide AH, Mac-Seing M, Mont D. Prevalence of HIV infection among people with disabilities: a population-based observational study in Yaoundé, Cameroon (HandiVIH). Lancet HIV. 2017 Apr;4(4):e161-e168. doi: 10.1016/S2352-3018(16)30209-0.

[xiv] Bunting L, Tsibulsky I, Boivin J. Fertility knowledge and beliefs about fertility treatment: findings from the International Fertility Decision-making Study. Hum Reprod. 2013 Feb;28(2):385-97. doi: 10.1093/humrep/des402.

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著者略歴

  1. 赤地 葉子

    1977年広島県生まれ。ハーバード大学パブリックヘルス大学院博士(国際保健)。東京大学学士(薬学)。世界保健機関(WHO)、グローバルファンド(The Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria)、他の大学・国連研究所やNGOに勤務し、途上国における母子保健の推進、家族計画、マラリア対策、保健システムの強化等に政策、研究、現地調査を通して取り組む。2017年よりヘルスケア関連の個人コンサルタントとして独立し、フィンランドでデンマーク人の夫と二人の子どもと暮らす。著書に『北欧から「生きやすい社会」を考える』(新曜社)。

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